第五七段 職の御曹司の立蔀のもとにて(その1)
中宮職の御曹司が仮の定子様の居所となっているときに、その立蔀のところで、頭弁である藤原行成(のちの三蹟の一人、昇進して権左中弁になったばかり)が、女房と大変長い間立ち話をしていた。あまり長いので、出て行って、
「そこにいるのはどなたですか。」と言うと、
「弁がおります。」とおっしゃる。
「いったい何をそんなにながながと語っていらっしゃるのですか。大弁がいらっしゃれば、中弁であるあなたは、見捨てられて行ってしまわれるでしょうに。」と言うと、たいいへん笑われて、
「だれが、中弁は大弁にかなわないことまであなたに言って聞かせたのでしょう。その通りですから、『私を見捨てないでください』と語っていたのですよ。」とおっしゃった。
たいへん立派な方で、風流な面を押し出すようなことはなく、ただ真面目に平凡なようにふるまっているので、皆そう思っている。わたしは、この者の奥深いお心を知っているので、
「おしなべて判断できる方ではありません。」と、定子様にお話申し上げ、また、定子様もそう思っていらっしゃる。頭弁はいつも、
「女は己を悦ぶ者のために容づくる。士は己を知る者のために死す。(史記)と申します。」と言っている。頭弁と、わたしの、定子様を大切に思う心を言い合わせておっしゃっているようである。
藤原行成をほめているが、のちのち、一条天皇に定子の産んだ第一皇子でなく、彰子の産んだ第二皇子を東宮にした方がよい、と説得したのは、この行成である。
行成について語るこの段は、しばらく続く。




