表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/359

第四〇段 蔵人おりたるひと、昔は(下)

 法師を招いて仏道の講演を開いたり、八講と言って、四日に渡り朝夕に法華経を一巻ずつ講釈したりして、仏道に対する帰依を示す行事が、流行?していたようです。

 「誰それが説教をした、誰それが八講をした。」などと、人から伝え聞くと、

「彼の方は来られましたか。」、「いらっしゃらないわけないでしょう。」とうわさされるような方は、あまりにも度が過ぎている。


 とはいえ、どうして説教の場にまったくいかずにはいられようか。女の身であっても熱心に仏道の教えを聞きに行くものであるのに。それにしても、この「枕草子」を書き始めたころは、徒歩で出歩く人はいなかった。


 たまには、正式に壺装束(つぼしょうぞく)をして、優雅に化粧して歩く女もいるが、それは物詣のときだ。説教に徒歩で行くなど、多くは聞かなかった。私が「枕草子」の中に書いたような人たちが、まだ永らえていて、今の様子を見れば、どれほど悪口を言い、非難することであろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ