305/313
第百八二段 宮にはじめてまいりたるころ(その10)
ある時、定子様が話されていて、ついでに、
「私のことを思っていますか。」とお聞きになった。お答えして、
「どうしてお思いしないことがあるでしょうか。」と申し上げているのに合わせて、台盤所の方から、誰かが音高くくしゃみをした。すると、定子様が、
「あら、いやだわ。くしゃみが聞こえるということは、清少納言の言うことは嘘だということね。はい、はい。」と言って奥にお入りになってしまった。
「どうして嘘などであるものか。普通に思い申し上げていると言っては、足りないほどであるのに。くしゃみこそ嘘だ。」と思う。
それにしても、だれがこんな憎らしいことをしたのであろう。全く不愉快だと思う。私がくしゃみをしそうなときには、抑えつけて返してしまっていることを思い、よけいに憎らしく思うのだが、まだ出仕したばかりでどうにも定子様にうまく申し上げることができずにいる。そのまま夜が明けてしまったので、局に下がるとすぐに、使いが浅緑色の薄様の紙に書かれた優美で風情がある文を持ってきた。




