第二〇段 清涼殿の丑寅の隅の(中)
伊周様が、板敷から桜の花のもとに位置をかえられて座っていらっしゃる。定子様が御几帳を押しやって姿をお見せになっているご様子の、何とも美しく素晴らしいことよ。
伊周様が、万葉集に詠まれている歌の
「月日もかわりゆけども 久に経る みむろの山の」
「みや高く」
という言葉をゆるやかに口に出して吟じていらっしゃる。
本当に、この歌の通りに、千年経るともこのままであってほしいと思われるような定子様の御ありさまであることよ。
一条天皇がこちらにいらっしゃる。定子様が、
「御硯の墨をすりなさい。」とおっしゃるのですが、私は上の空で、一条天皇がいらっしゃる様子を見てばかりいるので、あやうく墨をすり損ねそうになってしまいます。
定子様が、白い色紙を折りたたんで、
「この紙に、今頭に浮かんでいる古歌を書きなさい。」とお命じ遊ばされるので、外に座っていらっしゃる伊周様に、
「これは、どういたしましょうか。」と申し上げると、
「早く書いて差し上げなさい。男は、口出しをするべきではありませんよ。」
とおっしゃって、紙をこちらに返してしまわれる。
「さあ早く、お書きなさい。そんなに考え込まないで。手習い歌の『なにわずの さくやこのはな ふゆごもり(古今仮名序)』でもいいのよ。さっと思いついた歌を。」と、定子様がさいそくされる。
女房たちは、顔を赤くして思い乱れている。
上席の女房たちが、春の歌や花について詠んだ歌などを二つ三つ書いて、定子様にお見せする。
年経れば よわいは老いぬ しかはあれど 花をしみれば ものおもいもなし
という古今集の歌を、
年経れば よわいは老いぬ しかはあれど 君をしみれば ものおもいもなし
と変えて書かれているのをご覧になって、
「あなたたちの心映えが知りたかったのですよ。」とおっしゃる。
(無事、定子様の抜き打ちテストに合格できてよかったね。定子サロンの女房は、大変だ。)




