第九一段 職の御曹司におわしますころ、西の廂に(その10)
誰かが起きて歩いているので、自分も起きて、下仕えの者を起こさせるのに、なかなか起きてこないので、憎らしく思い腹を立てている。やっと起きてきたので、雪山を見に行かせると、
「円座(わらの敷物)くらいのおおきさになっています。木守が大変真面目に子供たちが近寄らないように守っていて、『明日、明後日までこのままでいるだろう。御褒美をもらうぞ。』と言っていました。」と言うので大変うれしく、
「明日になってから、素敵な歌を詠んで、入れ物に雪山の雪を入れて定子様に差し上げよう。」と思う。
たいそう待ちわびていらいらしながら、まだ日も登らず暗いうちから、下仕えの者に大きな折櫃を持たせて、
「これに、雪の白いところをひとすくい入れて持ってきなさい。汚くなったところは、捨てて。」と言い含めて行かせると、持たせた物をひきさげて、
「とっくになくなっておりました。」と言うので、まったく興ざめである。
おもしろく歌を詠んでほかの人たちにも語り伝えさせようと、苦心しながら詠んだ歌もまったく興ざめで甲斐もなく、
「いったいどういうことであろうか。昨日まであったのに、夜のうちに消えてしまうとは。」とがっかりしていると、
「木守が申していたのは、『ご褒美をもらえなくなってしまったことだ。」と、手を叩きながら残念がって大騒ぎをしていました。」と言い騒いでいる。
定子様よりお使いが来て、
「そのままで雪山は今日までありましたか。」とおっしゃっていると伝えたので、たいそう忌々しく口惜しくてたまらないが、
「『年のうち、正月一日まではもたないでしょう。』と女房達が言っていたのが、昨日の夕暮れまで残っていたのを、尊いことだと思っておりました。今日まで残っているのは、あまりにも度が過ぎたことのようで。夜の間に、誰かが憎らしいと思って、雪山を取り捨てたのではないかと推し量っております。と、申し上げてください。」とお答えした。
残念でした。十五日までは、持ちませんでした。「十日余り」くらいにしておけばよかったですね。




