後編
伯爵家からどうやって抜け出そうかと考えていた次の日、セイラは扉が閉まる音で目が覚めた。
慌ててドロワースの紐に縛り付けた袋を確かめてホッとする。
寝る時は危険なので念の為、端ないけれど此処に移動させていた。
どうやら部屋の前の廊下では、誰かと誰かが話しているようだ。
こっそりベッドから抜け出したセイラは、予め枕の下に置いていた若干クシャクシャに皺がよっているワンピースをそっと取り出し手早く着替えた。
扉に耳を宛てその声に集中する。
─うんよく聞こえない!─
こういう時って聞こえるもんじゃないのかしら?
肝心な話し声は聞こえなかったけれど其処から居なくなる足音は聞こえた。
暫くしてそ~っと部屋を出る。
何の準備も算段も付けていないけれど、もうこのまま出て行ったほうが良いとセイラの勘が言っていた。
幼い頃に住んでいただけの屋敷は全く持って動き難い、何処に誰の部屋があるかなんてセイラには知る由もないのだ。
せめてあの侍女が中を案内するという奇跡のような事をしていてくれてたら⋯⋯今更思っても詮無いことを考えながら出口を探して廊下を彷徨っていたのだがある声が耳を掠った。
その声は今まさに通り過ぎようとした扉の中から聞こえる。
「あん⋯⋯っ⋯ふっ」
はい!やっぱり聞こえました。
セイラは実は耳年増だった、なりたくてなったわけではない。侯爵家のメイド達は母と同じくらいの女性が多かった。
そして皆セイラを可愛がってくれていたのでセリナはとっても彼女達に懐いていた。
だからお勉強の休憩中によくメイド達の元へと遊びに行っていたのだが、彼女達は前夜の夫との睦言を明け透けに大きな声でよく話をしていた。
セイラの姿を認めると直ぐに別の話しに切り替えたりしてはいたのだが、如何せん声が大きすぎた。
セイラの耳にはバッチリ届いて、そして16歳になって少しだけ婦女子の閨教育を聞かされて、彼女たちのお喋りがそういう事なのだと理解したのだ。
だから今扉の中で何が行われているのかセリナには解った。
──こんな朝っぱらから元気ね──
そんな事を思ってそこを通り過ぎようとした時
「デニスさまぁ」「ラリエルゥ」
と、少し大きめな達した声がした。
──あの二人⋯⋯えっ?ラリエルっていくつなの?確実に私よりは下のはずだけど⋯デニス様って節操無しだったのね──
デニスがセイラを裏切って婚約者をラリエルに代わったのは知っていたが、もう既に体の関係へと発展してるとは思っていなかった。
─ラリエル成人前だったわよね─
セイラは唖然として、暫しそこに佇んでしまった。
我に返った時にチチチチと外から小鳥の鳴き声が聞こえて、廊下に嵌っていた窓から外を見ると薄っすらと夜が明け始めていた。
──こんな所で呆けてる場合じゃないわ──
それからは小走りで(こっちかな?あっちかな?)とうろちょろしながら何とか裏口に辿り着き、裏門を突破したあとは力の限り走った。
セイラは走る。
只管走る、どこまでも⋯⋯。
途中ミルクの缶を荷車に乗せた青年とすれ違った時、その荷車の持ち手の所に赤と緑のハンカチが結んであるのに気付いた。
赤と緑はコード侯爵家の色だ。
「あの!其処の人!」
変な声をかけたセイラへ青年は振り向いたが、その目は相当警戒している目だった。
「急にごめんなさい、私はセイラ。聞いてないかしら?」
「貴方がセイラさん?」
セイラが頷くと青年は少し色褪せたズボンのポケットをごそごそして小振りの巾着をセリナに渡した。
渡す時に予め決めていた合言葉を言うのも忘れずに。
青年はセイラが「雨あられ」と言うとニッコリと笑った。
二人で決めた合言葉「今宵の月は」「雨あられ」他の人が聞いても意味のない言葉。
二人で決めた合言葉。
それを口にした時、少しだけセイラは胸がつまった。
巾着の中身を確かめて中に入っていたお金を半分青年に渡すと彼は「もう貰ってる」と言った。
「いいえコレは私からよ、貴方はとても誠実な人だわ。だってくすねる事も出来た筈なのにそれをしなかったわ。そのおかげで私はこれからも生きられるのだから」
セイラのその言葉に青年は少し驚いた顔をして、ちゃんと受け取ってくれた。
その時にセイラに嬉しい言葉を言ってくれた。
「令嬢ありがとう、僕も今貴方がくれたこのお金のおかげで、妹と二人でこの先も生きる事が出来るんだ」
青年が贈ってくれた言葉を励みにセイラは辻馬車の場所を聞いてそこへ急いだ。
朝イチの馬車に乗り王都を目指してセイラはその日ルーセント伯爵領から脱出した。
─やっと当初の計画通りに進める、だけど─
少しの虚しさを抱えて⋯⋯セイラは前に進む。
◇◇◇
あれから2ヶ月、コード侯爵家を引き継いだセイラの目の前にはデニスが応接室のソファに座っている。
彼は満面の笑みだ。
「上手く行って良かったよ」
「⋯⋯」
「私の演技も棄てたもんじゃないだろう?」
セリーヌ亡き後の叔父の侯爵家簒奪を危惧して、病床で3人で立てた計画は。
叔父はセリナを拘束するだろう事
─デニスの家、ハイラー伯爵家に協力してもらってセイラを保護してもらう事─
その後、王都のセリナの友人(公爵家)に協力してもらい王家に直訴してコード侯爵家を継承する事だった。
だがセリーヌと話した後日、デニスがセイラを保護した後は怪しまれないように別々に行動しようと言い出した。
騎士を介して途中で合流しようと、その為に目印と合言葉を決めようと言った。
それを聞いてセイラはなぜそんな事をしなければならないのかと何となく悪い予感がしていたのだ。
まぁ結果的には無事にセイラは侯爵家を継承した。
だが⋯⋯⋯。
「セイラ、結婚式はいつくらいにしようか?」
涼しい顔でデニスはセイラに言った。
「デニスどうして態々ラリエルと婚約したの?」
「あれは相手を油断させる為だよ、そうしないと計画は上手くいかなかったと思うよ、あの庭で会った時だって私からの目配せに君は気付いていただろう?」
「そうね、でも計画にはなかったわよね」
デニスは気付いていない。
叔父ダルトとルーセント伯爵が通じている事を知らなければデニスが前もってラリエルと婚約を結ぶことなど出来ないと云うことに。
婚約は解消するのも結ぶのもそれなりに時間がかかるのだ。
デニスがダルトと通じていた証拠だ。
「まぁアドリブだよ、だけど王都に無事行けたのも私が手配したからだし、何の問題もなかったよね。まぁ一時でも他の女の婚約者だったのが気に入らないかもしれないけれど、私が愛しているのはセリナだけだよ」
「それ、本気で言ってます?」
「勿論!だからこれからの事を「貴方との未来はもうないわ」かんが⋯⋯えっ?セイラ!なぜだ」
「貴方が本当に計画した事は両天秤だったって事、私が気付いてないとでも?」
「なっ!何を言ってるんだ!婚約は態とだと言ったじゃないか!私を信じてくれないのか?!」
「私だけじゃないわ、お母様も貴方を信じてなかったと思う、私が王都で頼ったのはお母様が生前手配していた教会よ。それを貴方にお母様は最期まで言わなかったもの」
「そっそんな!それでも、それでも計画は上手く行ったじゃないか。私の行動は君の為だったんだよ」
「もう一度いいますわ!それ本気で言ってます?それともラリエルと寝る事も私の為なのかしら?」
「なっ何故知ってるんだ!」
失言だと思ったデニスはその後、自分で口を押さえていたけれど、もう遅い。
失言も何もセイラは現場を聞いたのだから。
「貴方に一つだけ感謝しているわ、間に介入する人をあの誠実な人にしてくれた事」
そう言って直ぐにベルを鳴らして外で待機していた護衛騎士にデニスを外へ放り出してもらった。
デニスはセリーヌから話しを聞いた時、ダルトがコード侯爵になる可能性もあるかもしれないと考え、どちらに転んでも自分に旨味があるように行動したのだ。
だからちゃんとセイラが無事に逃げ出したあとの事も計画通りに手配はしていた。
セイラに後日言い訳が出来るようにとの画策だったが、デニスはちゃんとした騎士を手配していなかった。
おまけに欲に負けてラリエルと体も繋げてしまっていた
諸々爪が甘い。
因みにルーセント伯爵家は他家の簒奪に手を貸した罪で取り潰しになっている。
でも家族揃って平民になったのだから良かったのでは?
爵位がなくなっただけなのだから、これからも皆で仲良く暮らしていけばいいわ。とセイラは思った。
その後、セイラは誠実な人と仲睦まじく幸せに暮らしましたとさ。
〜セイラの後日談〜
デニスのその後?
さぁ?興味は全くありませんので知らないわ。
end
お読み頂きありがとうございました
楽しんで頂けましたでしょうか?
今後も作品を作っていきますのでお目に止まりましたら読んで頂けますと幸いです!
marukoの作品を愛でてくださる皆さまに愛を込めて
( ˶˘ ³˘˶)ちゅ♡届きますように