とうそく直線運動で前にすすむ彼女
①一年間の部員関係を経て生まれた感情
今日、僕ははじめて告白というものをする。相手は同じ部活の女性で――さん。彼女とは一年前、部活を決めかねているときに出会った。裁縫部か文芸部か迷っている僕に「どっちもできる部活を作らない?」と言われたのは衝撃的だった。それから、二人だけの部活(正確には同好会だけど)が始まって毎週水曜日と金曜日に空いた教室でお互いの芸術を評価しあった。
「ねえ、今度の日曜日に水族館へ行かない?」
休日はときどき野外活動の時間として使われた。そんな日々を過ごすうちに彼女のことを気にし始めるのは、男子高校生としては普通のことだと思う。
いつも使っている教室で彼女を待つ。一年生として最後の日。つぎのステップにすすむ僕を試すような静寂が、左手に持つ携帯電話の画面で光る
「大事な話があります。いつもの教室で待ってます」
と書かれた僕の送信済みメールを何度も確認させる。いつもなら部活動に勤しんでいる時間。おかしいと思いつつもじっと待つ。廊下で練習していた吹奏楽部の人がいなくなったころ、カツンカツンと足音を立てる誰かが教室に入ってきた。
「君、もう下校時間だよ。用事がないなら帰宅しなさい」
知らない先生だった。僕はその日、初めて失恋を知った。
②自由落下で恋する感情
わたしは花の高校一年生。そんなわたしが‐――先輩と出会ったのはまさしく運命でした。部活動紹介で体育館に集められたわたしたち新入生は先輩たちの勧誘プロモーションにいろんな顔を向けるけれど、運動系の部活に入る予定だったわたしはうたた寝していた。そして、最後の部活動紹介が終わり解散の雰囲気の中「待った!」をかけて壇上に飛び出てきたのが‐――先輩でした。新入生全員の注目の中、恥ずかしげもなく自己紹介を始める先輩に大半は呆れていたと思います。
「待ったをかけてごめんなさい。でも、君たちに知ってほしい部活があるんだ。それはね…」
先輩の自己紹介は3分もなかったと思います。部活に入りたいけど周りの空気が気になる人や勉強との折り合いで熱心にできない人にとってかけがえのない場所を作りたいこと、そんなことを言っていました。でもわたしにとって一番重要なことは、先輩の顔がどストライクだということです。とりあえず陸上部にでも入ろうという考えはどこかに消えていました。
「先輩のあの顔を毎週見れる部活が今日から始まります!」
先輩と二人きりの部活動………淡い期待を裏切るように、先輩がいる教室には数人の新入生が集まっていました。教卓で芸術に励んでいた先輩が目を見開いて話します。
「こんなにも入部希望者がいるなんて…正直、二、三人来たらいい方だと思っていたんだけれど。とにかく、ありがとう。君たちのおかげで芸術部は正式な部活動として認められるよ。ああでも、今日は仮入部の日だから次の部活動から励んでもらう芸術を各々決めて発表する会にしよう」
そういって先輩はわたしたちを三つのグループに分けて芸術活動決めという名の自己紹介時間をつくりました。先輩と話せないのは残念ですが、恋敵がいるなら先制攻撃をしておいた方がいいとどこかの漫画でも描いていたので堂々と言わせてもらいます。
「皆さん初めまして。わたしは一年――組の――――というものです。わたしが芸術部に入りたい理由は―――先輩のためです」
グループ内の女子たちの優しかった目が一瞬で鋭い目に変わる。男子たちは間抜けな顔をしている。女子の一人が他の女子の代表として質問する。
「それって…真面目に部活動しないって、ことですわ?」
「真面目にって、聞きたいのはそんなことじゃないでしょ?本当に聞きたいことを言えば?」
偶然にもわたしと代表女子は対角線上に立っている。
「じゃあ聞きますけれど、この教室にいる15人の女子全員を敵に回すってことでいいのかしらね」
この教室にいる私を含めて12人の女子生徒全員が先輩のことを好いているような言い回しに、わたしのチャレンジ精神がくすぐられる。自然と笑みがこぼれ、グループ内の生徒がヒッ!と声をあげる。
「いいけど?わたし、一応運動系で芸術部に入る予定だからそのあたりは考えておいてね」
「………いいですわ。あなたをわたくしのライバルとして認めてあげてもよろしくてよ」
そう言うと、代表女子は手を差し出す。わたしはその手を掴み笑顔で握手した。アホな男子がパチパチと拍手し、全員が拍手を始めた。わたしはこの部活で先輩に近づく地位を手に入れました。
…
芸術部が正式に部活動として認められてからしばらく経ちました。結局、あの教室にいた女子12人と男子6人は全員入部しました。今では月、水、金曜日別にあのときのグループで活動しています。先輩は毎回参加して後輩たちを誉めたり、気になる点を質問して次回への課題にしたりして意欲的にわたしたちに関わってくれています。
「なのでわたしと恋仲になってください!」
部活が始まる前、他の部員たちに無理を言って先輩と二人きりの時間を作ってもらいました。
「いや何がなのでなのか分からないけど、ごめんね君と付き合うことはできないよ」
「なんでですか!わたしこんなにも誰かを好きになるなんて絶対ないと思っていたんです。その責任を取ってくれないのですか?」
「そこまで言われても僕は―――さんの気持ちの責任は取れない。でも理由がないと納得できないよね。ちょっと自分語りさせてもらうね」
先輩は、長くなるからと着席を勧め、一冊の写真本をカバンから取り出しました。
「この部活、君たち一年生が入る前は正式なものじゃないことは知ってるよね。実はもともと僕と同じ学年の女子生徒と活動していた二人だけの部活だったんだ。その女子生徒とは一年を通していろんな活動をしたなあ………。この本に思い出の写真がつまってるんだ。…」
写真本を見つめる彼はまるで宝箱を大事に抱える少年の目をしている。
「でも、君たちが入学する1ヶ月前に突然いなくなってね。先生に聞いても個人情報は教えられないって言われて、それきり連絡も取れない。だから、いつ彼女が戻ってきても迎えられるためにこの部活がある。………ごめんね、芸術部の創設がそんなくだらない理由で」
「くだらなくないですっ!!先輩のその女子生徒さんを好きなことと芸術部の存在理由は、わたしの先輩が好きって理由より尊くて素晴らしいものです!わたし………先輩のこと応援します!」
わたしは先輩の本を抱える手を掴み、涙目で顔を寄せる。落ち込む彼の顔を見つめながら、初めて失恋を知った。
③災いが転じて生き霊となす感情
ボクは高校一年生の男子生徒だ。そんなボクには尊敬している人がいる。その人はボクが所属している芸術部の三年生の―――先輩だ。ボクは―――先輩のことをみかどさんと呼んでいる。というのもみかどさんが「君たちにとって先輩は今の二年生で、僕はなんかいる人だと思ってほしい」と言ったから。そんな、みかどさんとすごせる部活動の時間のこと………。
「ねえねえ、後輩君はなんで芸術部に入ったの?部員が増えるのはわたしにとってうれしいことだけど先輩のことじっと見つめて………先輩はわたしのなんだからねっ!」
二年生の女子先輩が執拗に話しかけてくる。うざい
「ーちゃん先輩、自分の芸術に励んだらどうですか?なんでも運動が好きらしいじゃないですか。ほら外は絶好のランニング日和ですよ。ボクにかまっていないで走りに行ってください」
「むきーっ!生意気な後輩はこうだ!」
女子先輩がボクの後ろに回って顎でぐりぐりしてくる。頭部に感じる痛みと背中のやわらかい温かみがボクの心を複雑にさせた。
「それで、芸術部に入った理由は教えてくれないの?」
「わかりました教えます。だから離れてくださいっ」
女子先輩はうんうんとうなづいて期待した顔でボクの前の椅子に座る。ボクは咳ばらいを一回して自分語りを始める。
「ボクは霊が見えるんです。正確には霊ではありませんが」
幼少期、人の姿がぼやけてよく見えないことがあった。目が悪くなったのだと思い眼科に通うも生活に支障が出るほどではないと言われ治らなかった。ぼやけは日を追うごとにひどくなり、同じ人が二人いるように見え始めたころには周りから浮いた存在になっていた。誰かが話しかけてくれても同じ姿をしたもう一人が嫌そうな目でボクを見てくる。そんな人とボクも関わりたくなかった。
「へえ、それってわたしにももう一人のわたしが居るの?」
「いますよ。ーちゃん先輩の霊はみかどさんのそばで他の女子生徒に威嚇してます。ボクに近づいたのはみかどさんにお願いされたからですね」
「わあ、ばれてたんだ。でも後輩君のことも好きだよ」
女子先輩は顔を少し赤くして足をプラプラと前後に振っている。
「ボクは別にーちゃん先輩のこと興味ないです。それより話を戻しますね」
人と関わるのをやめた僕ですが、この高校に入学してしばらく立ったときに偶然みかどさんと出会いました。みかどさんはボクの好きな本を読んでいて気が合ってこの芸術部に勧誘されたんです。
「なんか隠してない?後輩君の霊が見える体質と先輩との間につながりが見えないんだけど」
「言わなきゃダメですか?」
「知りたい!先輩が直接勧誘するなんて今までなかったもん」
みかどさんが自分のことを話していることに気が付いたのか、椅子を近づけて本を読んでいる。
「大したことじゃないのですが…」
みかどさんと初めて話したとき、不快な気持ちにならなかったのです。ボクに対して話しかけてくる人の霊はたいてい奇妙な目や嫌がる動きをするのですが、みかどさんの霊は終始笑顔でボクの話を楽しそうに聞いている動きをしていました。この人はすごいのだと感じてしまったんです。
「やっぱり先輩はすごいってことだね!今はどんな感じなの?」
「みかどさんの霊ですか?ええっと、耳を真っ赤にしてますね」
ボクがそういうと、女子先輩はみかどさんに向かって「先輩かわいすぎ」と舌なめずりをした。
「それと、みかどさんの膝の上に女性が座ってますね」
ボクの言葉にみかどさんは反応する。読んでいた本を机に置き、自分の膝の上の女性はどんな姿をしているのか口を震わせながら質問した。
「どんな姿をしているかですか?服装はこの学校の制服で、肩まで伸びた黒髪をしています。でも、芸術部の人ではないです」
みかどさんは慌ただしくカバンから一冊の写真本を取り出し中に映っていた女性を指さし、この人かと問いただす。
「はい、ほぼそうだと思います。写真の女性より少しだけ大人びていますが、その方に姉妹がいないなら本人ですね」
そうか、とみかどさんは落ち着きを取り戻し写真本をカバンにしまう。女子先輩は先輩に見せないように涙を流している。ボクは目の前にいる男女それぞれの気持ちを察し、後悔を知った。
④とうそく直線運動で前にすすむ彼女
ピッ、ピッ、ピッ、セルフレジで商品をスキャンする音に意識を向けていると後ろで幸せそうなカップルが横切る。羨ましいと思いながらも自分で独りを選んだのだとバーコードの読み取りに苦難する。ようやく終えて車の助手席に荷物を置いて、お気に入り音楽を流し車道へ出る。
「あーあっ!私も彼氏が欲しいなーっ!」
音楽に合わせて愚痴を言っている自分だって、高校三年生のときに一人の男子生徒といいところまでいったのだと笑いながらもあの日の自分の行動を思い出す。
「私にもっと勇気があったなら…今頃はあいつと恋人に慣れていたのかなーっ、むりかー?あいつ、私のことより部活の方が楽しそうだったもんな」
高校生活最後の日、あいつから来たメールは本当に私をドキドキさせた。でも、私が高校三年生だって全然気づいてなかったし、あいつが想像した未来とは絶対違ってしまうと理解してしまったから、最後に会うこともできなかった。
「私はあの日から時間が止まっているな…はぁ」
仕事帰りの車の中で音楽で気を紛らわしても消えない高校時代の後悔。年を追うごとに美化されていくあいつとの思い出は私の孤独感を埋めてくれない。
「久しぶりに居酒屋でパーッとしようかな」
私は明日の予定で頭を満たした。
…
土曜日の夕方、最寄りの居酒屋に足を運ぶ。団体客が座敷席で盛り上げっているのにため息をつき、カウンター席で日本酒とツマミを注文する。チビチビと日本酒をたのしんでいると、団体客の声が嫌でも耳に入ってくる。
「せんぱーい。もっと飲みましょうっ!せっかく久しぶりに会ったんだから、しゃべりましょーー!」
「ーちゃん先輩はお酒弱いんだから飲みすぎないでください。ほらお水飲んで。ーーーさんーちゃん先輩はほっておいてボクの話を聞いてくれますか。実はですね…」
「あーっ、後輩君がわたしをダシに先輩と話してる!わたしもまぜろぉー」
団体客の中でも中心人物なのか一人の男を呼ぶ声が絶えない。しかし、肝心の男の声は全く聞こえない。酒のツマミに顔を見てやろうと声の方へ振り向く。ふむふむ…
「正直タイプな男だな、うるさい女が好意を寄せているのも納得できる。もう一人の小柄な男も尊敬の目で見ているし、何ならあいつが中心だな」
私が勝手に納得していると小柄な男がこちらに気づいてしまった。私がイラついているように見えたのだろう、少し静かになった気がした。申し訳ないので団体客を見るのを止める。ちょうど来たツマミを食べ聞き専に回ることにした。
「先輩そういえばぁ、結局例の女性とは再会できたんですかぁ?純情な先輩はかっこいいですけどお、心に隙間ができたらいつでも呼んでくださいね!」
「ちょっと、ーちゃん先輩!そういう話を大きい声でしないでください。他のお客さんの迷惑ですよ!ほら、さっきから………がチラチラこっちを………。ねっ」
「別にいーーじゃん居酒屋なんだから。それにお一人様………?」
口直しに焼酎を頼み飲んでいると、後ろから誰かの足音が近づいてくる。
「おねーさーん、うるさくしちゃってごめんなさいっ。お詫びに何かおごらせて?」
隣の席に座敷席にいたうるさい女が座っている。私の顔を凝視し笑顔を向けてくるが、驚いた表情が隠せていない。私はそんなに嫌な顔で彼らを見ていたのだろうか。お酒のせいで申し訳ない気持ちが何倍にもなる。
「だいじょーぶ、だいじょぶーよ。わたしぃ、きみたちの話を肴にしてただけだからぁ気にしなーいでっ♡」
得意の悪酔い客モードで女の心配を取り除く。
「そうですか?ならいいや、じゃあねセンパイっ」
私はお前の先輩じゃねえ、と心の中で突っ込みながら焼酎を飲み干す。少々酔ってきた、かも?もはや聞いているのかわからないが団体客の声に耳を向ける。
「ーちゃん先輩なにしてるんですか。店の迷惑になったら次からここ使えませんよ!低予算でこの人数が入れるお店、ここら辺は少ないんですから」
「わーかったよー、ちょっと謝ってきただけだもん!でも、一つ気になることがあってさ。後輩君の体質ってまだあるの?」
「霊が見えるやつですか?健在ですよ。なんならこれで生計を立ててます。ーちゃん先輩も以下かがですか、恋愛相談」
「わたしは先輩一筋だからいらない。ねー先輩っ!そうじゃなくて、あの女性の霊ってどんな感じ?」
なんだか、オカルトな話が聞こえる。気分がハイになった私はあいつのことを忘れるという目的を完全に忘れていた。あいつとの部活動が楽しかった思い出が頭の中でグルグルする。
「そのことでボクも不思議に思ってたんです。あの人、霊がいないんですよ。たぶん、ナニカへの思いが強すぎて、霊がナニカの近くにあるのではないかと思います」
「それって、先輩の膝上にいる霊じゃないよね?」
団体客が急に静かになる。私が内容を聞き取れないほどの声で話し始めた彼らは酒の肴にならないので、気分を変えるためにお手洗いへ向かう。私が戻ってくる頃には元に戻っているだろう。それにしても今日は酔いの周りが早い。心臓の音がうるさいし、涙が止まらない。もうお酒はやめよう。手洗い場で頭を冷やし鏡を見る。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
思い出してしまった彼への懺悔を終え、私は自分の席に戻ることにした。
…
自分の席に戻ることには団体客のにぎわいは元に戻っていた。私は残りのお酒とツマミを平らげ、勘定へと向かう。カバンから財布を取り出すと後ろから、顔がタイプの男が「僕が払ってもいいですか?」と話しかけてくる。お酒でハイになっているのとあいつへの後悔の気持ちでいっぱいの私は男の提案に乗ってしまった。
「すこし、僕の話を聞いてもらえませんか?」
⑤後処理
夜の街に消えていく男女を見送る団体客の二人。これでよかったんですかと小柄な男がうるさい女に聞く。
「わたしは先輩のことが好きだからいいのっ!それよりあの人が先輩の思い人じゃなかったらどうする?」
「まさかぁ?ボクの恋愛成就成功率は98パーセントですよ?それに、みかどさんの膝上の霊が本人のもとに帰ったのが見えましたから」
団体客は二次会へと向かう。次に先輩と会うときに何を話そうかと華を咲かせながら。
最初はバッドエンドを予定してましたが、やめました。ここまで読んでいただきありがとうございます。
よろしければ星を一つでもつけてあげてください。モチベーションが上がります。