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星屑日記(五)

作者: たのすけ

 二月一日、早朝

 七尾に向けて出発。

 先生の四回忌に参加させていただくためである。

 初めて高速道路で向かう。

 前回(九月)は、行きも帰りも下道で行った。高速道路を使うと、高速代だけで二万はかかるため、それをケチりたいというのが最大の動機だった。車中泊をすれば、かかるのはガソリン代と飯代だけである。長時間かけ下道で行くことによる疲労が許容範囲内であれば、飛行機も新幹線もあるこの時代に情けない話だが、下道こそ七尾行きのロイヤルロードだと自分認定したかった。

 前回、試しに行きは岐阜を通るルート。帰りは新潟を通るルートで行ってみた。

 一人旅であったため、自分のペースで昼寝休憩を取れたのだが、それでも両ルートとも十何時間もかかり身体的にも非常に過酷だった。

 しかし、時間がかかることや身体的疲労はある意味予想通りで自分としては書くまでもないことだと思うので書かないが、前回からもしも高速を使ったらどうなるだろうと疑問に思っていたことが実はあり、それが今回の高速使用で解明され、それは自分としては良き収穫だったので今回それを書きたい。

 疑問に思っていたことというのは、高速道路を使用すればガソリン代が非常に安く済むのではないかということである。下道を使えばアップダウンやカーブも多くなるし、エンジン駆動時間も長くなるし、ブレーキ&加速回数も跳ね上がる。となれば高速に比して多大なガソリン代がかかってしまい、その跳ね上がり分が高速代をケチって浮く二万円に食い込み過ぎ、もしそうならば下道を使っても実は疲労しただけのくたびれ儲けだったのでないかと、そんな疑問、心配があった。

 しかし、それは杞憂に過ぎなかった。

 全部下道で行った前回、行きも帰りもガソリン代は五千円程度で、合計で約一万円しかかからなかった。季節柄、寝ている間にまだ蚊が入ってくるので、窓は開けられず、エンジンかけて一晩中弱冷房をかけていたのに、である。

 んで今回だが、今回は高速で行くことにした。これにより、高速道路を使うことで支払う経済的コストが明らかになる。それが分かれば、前回の下道苦行との比較ができ、今後の方針が立てられるというわけだ。

 予想では、高速道路を使えばガソリン代は下道で行く場合の半分くらいになるのではないかと思った。その理由は、先に下道利用でガソリン代が跳ね上がるだろうというところで書いたことと逆で、すなわち、高速道路を使えばアップダウンやカーブは少なくなるし、到着時間が早くなるからエンジン駆動時間も短くなるし、ブレーキ&加速回数も大幅に減る、だからガソリン消費量も格段に減るだろうと考えたのである。

 だが、予想に反して、下道で行く場合と高速で行く場合、二つを比べてもガソリン代に差はなかった。

 こうなった理由は機械音痴のタノスケごとき者には分からない。車は日常生活で使うものだから下道で四、五十キロ程度のスピードで走行するとき最も燃費いい、そう作られているということだろうか。

 わからない。ともかく、理由は分からないが、高速道路を使ってもちっともガソリン代の節約にはならないことが判明し、つまり、ケチった高速代二万はまるまる利益であることが判明し、こうなると〝清貧の星〟の下に生を受けているタノスケ(ただ怠惰で無能であるゆえに貧乏でケチなだけだが)の中では俄然下道へのラブが上昇してきた。

 新幹線代や宿泊費も会社持ちで、なんならここに来ることも仕事のうちで日当ももちろん方式で支払われる、そんな御身分の人たちもいるわけで、できれば自分も一度でいいからそんな偉い御身分になってみたい、そんな気持ちも無いではなかった。というか、確とある。それは絶対に無理だと知りつつも確とあるし、そんな御身分の人たちがほんとに羨ましいのも事実だ。それを思うと、というか、意識的に思わずとも常にいつでもそんな嫉妬の黒い炎を腹わたでじりじりと燃やしている、タノスケとはそういう男なのだ。

 だが、この時はそんな痴愚の炎を、急激に下道に対して湧き上がったラブ(我ながら下賤なラブだと思うが)が押し流すようにして綺麗に消火してくれた。

 そして、それがキッカケとなったものか、本然の愛のようなもの、すなわち、この七尾という地への愛に全身が満たされていくのをタノスケは身が打ち震えるほどに実感した。

━━これが本物の愛か! 真実の愛か!━━

 頭ではない、魂でそう思った。そしてタノスケはその愛から圧倒的不変不動の摂理を感じ、完全に圧倒され、深く深く頭を垂れた。そして、実に静かな、実に澄みきった敬虔な気持ちになった。

━━今、自分は聖地七尾にいるのだ━━

 尊敬する私小説家が毎月通った土地だ。この地に通う、彼の燃えるような、そして決死の後ろ姿が目に浮かんだ。タノスケの胸には熱いものがこみ上げた。そしてそれに続いて思わずグスンと鼻を鳴らし涙ぐんだのだが、その涙もまたとびきり熱かった。この熱さが真実を保証していると思った。

━━自分も滞在中、常にこの地に敬意を払い続けよう。常にこの地を大切に大切にするぞ━━

 心の底から、大宇宙の摂理に対し、いや、神に対してと言ってもいい、タノスケはそう誓った。

 空腹を感じた。思えばもう半日も何も口にしていなかった。

━━どこかの店に入ろう。定食がありそうなとこ、どこでもいい。ここは魚がとびきり格別に旨い土地、七尾だ。どこの店でも刺身定食があるにちげえねえ。その刺身定食を食うぞ━━

 実はタノスケ、七尾で刺身を食べることをかなり楽しみにしていたのだ。運転しながら目についた適当な店の前に車を止めた。

 席につき、ワクワクドキドキ、メニューを見た。唐揚げ定食、とんかつ定食、コロッケメンチカツ定食、、、揚げ物系の定食しかなかった。刺身は、一切ない店だった。

 これはしまったと、タノスケはスマホを取り出し、辺り一帯の店を調べる。だが、夜も深まったこの時刻、開いているのはこの店くらいしかないようだった。泣きたい気持ちだった。

 しかし、空腹はなんとかしなければならない。コンビニ弁当よりはマシだろう、そう考え何とか自分を納得させた。

 唐揚げ定食が運ばれてきた。

━━こ、こ、こ、これで、◯◯◯円? ━━

 小さい、ローソンのからあげクンよりも小さい唐揚げが、しかも、無駄に油を吸い込んだらしいギトギトの光沢を纏いながら、たった五個、登場した。

 一口食べる。身がない。いや、正確にはあるのだが、ないと感じられるほど、分厚い衣の中で存在感を周囲に奪い取られている。使われている油も劣化した極めて悪いもに違いない。もしかしたら工業用の油かもしれない。

 食べながら、タノスケはイライラしてきた。そして咀嚼嚥下するほどにそのイライラは増していき、食べ終わり、会計を済ませて店の外に出たときそのイライラは最高潮に達した。そして、もうなんだかタノスケは、聖なる土地だとか何とかそんなこと知るか! 辺り構わず立ちションしてやりたくなった。

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