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20,妻の反撃

事件の犯人として関口議員の松村秘書が逮捕されたが、これは関口議員サイドのしっぽ切りで、責任を秘書に押し付けて関口議員は素知らぬふりを決め込んでいた。しかしその態度に松村秘書の妻は黙っていなかった。妻の反撃とはいかなるものか。

世田谷の松村家に松村秘書の逮捕の一報が入ったのはその日の夕方だった。松村秘書の供述に基づき警視庁の中で逮捕が実行された。マスコミ報道よりも少し前に警視庁から杉下達が家宅捜索にやってきた。

松村賢(けん)(ぞう)さんのお宅ですか。警視庁の杉下と言います。本日、午後3時、ご主人を7月13日、福井で起きた水難事故の業務上過失致死罪で逮捕しました。ただいまより家宅捜索を行います。これが令状です。ご協力をお願いします。」と言って10名ほどの警察官が家に入り込んできた。松村の妻の明子はびっくりして何も言えないままに呆然と刑事たちを見守った。突然夫が逮捕されたという事だけを聞いて、しかも入ってきた刑事たちは説明することもなく、ただ証拠を隠滅される前に確保することだけを考え、ひたすら家財道具をひっかきまわしている。約1時間で段ボール箱20箱程度を運び出し、家の中はめちゃくちゃになった。嵐が通り過ぎたようだった。

 明子が刑事たちを呆然と見送るとようやく我を取り戻し、テレビのスイッチを入れると夕方のニュースで速報が入った。

「関口議員の秘書が宮内庁の研究員と争いになり、業務上過失致死で逮捕」と言っている。解説ではその背景にはNKHの年末歴史ドラマの舞台決定が絡んでいそうだという事が言われていた。明子は最近の夫の賢三の様子を思い出していた。国会議事堂周辺で仕事することが多かったが福井へ行くと言っていたことはなかった。関口議員は東京8区選出なので地方へ同行することは滅多にない。いちいち出張するたびにどこへ行くとも言わなかったので、福井へ行っていないとも言えなかった。しかし、最近ボーと考えこむことが多かった。悩み事があったようで、寝る前にベッドで相談事をしてきたことがあった。

「明子、俺の仕事は政治家秘書だから政治家を守らなければいけないんだけど、守り切れないようなこともあるんだよね。自分を犠牲にしてまで先生を守らなければいけないのかな。正直、時々疑問に思うことがあるよ。」としみじみと言っていたことがあった。随分つらい思いをしているんだなとその時は感じて、

「くよくよしないで、ぐっすり眠ってね。明日は明日の風が吹くわよ。」と励ましたことを思い出した。また、別の時には子供たちが夕食の時に戻っていなかったので夫婦2人きりで夕食を食べていたのだが、急に夫が

「NKHの年末歴史ドラマの舞台はいろいろな県からNKHに圧力がかかるらしいよ。でも、NKHは圧力に負けちゃいかんよな。政治家先生たちも自分たちの主義主張をNKHにぶつけたらNKHはやりにくくて仕方ないだろな。」と政治家の方を批判する言い方もしていた。

最近では2人で夕飯の後、テーブルで飲んでいた時

「もし俺に何かあったら、よろしく頼むね。」と酔っていたとはいえ、若干弱気なセリフも残していた。

きっと仕事上のことで何かあったんだと直感した明子は賢三の部屋を探してみた。刑事たちが家宅捜索した後なので、ほとんどなくなっていたが、明子だけが知る賢三の隠し場所があった。彼はいつも本当に大切なものは書斎の机の一番上の引き出しを完全に引き出した時の天板の間に板をはって、わずかな空間を作ってそこに入れていた。彼の日記がそこに入っていることを明子は以前から知っていたのだ。

 賢三の部屋に入った明子はすぐに机の一番上の引き出しを引っ張り出し、中を覗き込んで手を入れ、天板との間のわずかな隙間に通じる入口から指を入れなかを探った。すると革の手帳の背表紙の感触があった。

「警察は見つけられなかったんだ。」そう感じた明子はその手帳を丁寧に指でつまんで外へ出した。そのまま彼の机に座って黒い皮の手帳を開けて読み始めた。

 手帳は2021年版のデスクダイアリーで毎日の予定を記入したり、毎日の感想を日記のように書き込めるようになっていた。1月からその日の出来事を丁寧に書き込んであった。予定表は別の手帳に書いているのか、彼の感想が中心になっていた。

 刑事は7月13日に発見された福井県での水難事故と言っていたので7月10日ごろから見始めた。すると7月11日の欄に

「先生から福井へ行って佐久間女史の考えを改めさせるように指示。彼女の出生の秘密を使ってでも圧力をかけてこいと言われたが、やりすぎのように思う。継体天皇は戦前は研究すること自体タブーだった存在だが、NKHにも佐久間女史にも表現の自由はある。気が引ける。」という記述があった。明子は賢三が悩んでいたのがこのことだと直感した。さらに読み進めると7月11日には福井へ行っていたこと。そして彼女の行動を監視していたことなどが赤裸々に描いてあった。そして賢三は気が進まないが先生のために頑張らなくてはいけないと書いている。手帳の記述はその日を境に泊まっている。きっと7月12日を境にこの手帳を机の秘密の場所に隠し、自分でも読み返したくなかったのだろう。

 明子はどうするべきか考えた。彼の机でデスクライトをつけてはいるが部屋の天井のあかりはつけていなかったので、彼女の顔の前半分だけが薄暗い部屋の中でくっきりと浮かび、不気味な雰囲気を漂わせていたが彼女は理性を働かせていた。

「このままではいけない。夫はすべての罪を一人で抱えるつもりだ。政治家の秘書としては大切なことかもしれないが、松村家としては大変である。子供たちの将来はどうなるのか。家の問題もあるが、政治家の圧力で表現の自由を歪曲してしまっていいのか。右傾化してきていると言われる今の世の中で、保守派の政治家の横暴を許していいのか。でも、このことを暴露したら夫の政治家の秘書としてのこれまでの苦労はすべて水の泡だろう。」そんな考えが頭をめぐり、結論が出ないまま朝になってしまった。


 翌日、妻は意を決して警視庁の玄関をくぐった。玄関わきには若い警官が仁王立ちしていて厳つい雰囲気を醸し出してる。受付で昨日逮捕された松村賢三の妻だと言うとすぐに捜査1課の杉下に連絡してくれて、杉下がすぐに出てきてくれた。

「奥さん、昨日はお世話になりました。今日はどんな御用ですか。」と問いかけると

「昨日、主人の部屋で事件の参考になるのではないかと思う手帳を発見したのでお持ちしました。見ていただけますか。」と冷静な表情で話している。

「そうですか。とりあえずお話を伺いますので、上へどうぞ。」と声をかけ8階の捜査本部の近くの応接室へ案内した。杉下は松村明子をソファーに座らせると一旦部屋を出て、捜査本部の森内部長を呼んできた。森内も明子の来訪には驚き部屋に入ると挨拶も早々に

「奥さん、手帳を発見したんですか。昨日、10人も刑事が行って捜索したのに見つけられなかったんですか。どんなことが書いてあるのか見せていただけますか。」と明子に言うと明子は持ってきたトートバックの中から黒革の手帳を取り出した。A5サイズの小さめの手帳だが重厚感がある。松村賢三の趣味なのだろう。森内は手帳を開くと初めから見始めたが明子が

「7月10日と11日を見てください。夫は関口先生の指示で福井へ行ったことがはっきりと書かれています。そして彼はそのことを乗り気ではなかったようです。悩んだうえでの行動だったと思います。どうかこの辺の事情も御考慮いただけますようによろしくお願いいたします。」と言って深々と頭を下げた。森内部長は手帳を杉下に渡して明子に

「頭を上げてください。奥さんのお気持ちはよくわかります。私たちにお任せください。それにしてもこの手帳はどこにあったんですか。」と確認した。すると

「うちの主人は本当に大切なものは机の天板の裏のスペースに空間を作ってそこに隠しておく習性があったんです。そのことを私は知っていたので探してみたらすぐ見つけられました。」とさらっと述べた。森内は

「派遣したうちの捜査員たちも精鋭たちなのですが、発見できなかったのはいけませんね。奥さんの協力には感謝いたします。」と言って部長は部屋をあとにした。明子も杉下にお礼をして警視庁をあとにした。


 その後に警視庁は明子の持ってきた手帳を証拠として利用し、関口議員の脅迫への関与を送検した。しかし、嫌疑不十分で検察は裁判所へ起訴することは出来なかった。しかし、連日マスコミは民自党保守派の大物がNKHのドラマ制作に圧力をかけ、さらにNKHの協力者に脅迫していたことを報道し国会は大混乱になった。不起訴になったことは国民の検察への不信感を募らせ、マスコミの報道の中には検察の政権に対する忖度があるのではないかとか、検察上層部と政治家との癒着を揶揄する報道も出た。

 一方、松村秘書は過失致死傷で送検され起訴されたが、不可抗力の一面もあるとして無罪、佐久間美佳に対する脅迫罪は関口議員の指示だったとして不問になった。明子の協力が彼をすくった形になった。



妻の反撃を受けて事態は大きく進展する。事件は解決を見るが納得できない反保たちはどう出るのか。この後が気になります。

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