19,犯人の逮捕
防犯カメラの映像とアリバイの不成立で関口議員事務所の松村秘書を逮捕する。しかし政治家の力からか事件は事故として扱われ殺人罪は立証されない。さらに関口議員の関与は追及されない。事件は不完全な解決を迎えようとする。
足羽河原で発見されたスマートフォンから佐久間美佳のダイイングメッセージが見つかったという知らせはその日のうちに東京の警視庁森内刑事部長のもとに音声データと共にメールで送られた。森内部長はすぐに捜査本部で打ち合わせを行い、杉下刑事と横山刑事に関口議員の事務所へ行って松村秘書を重要参考人として出頭させるように命じた。
関口議員事務所に着いた杉下たちはまず関口議員に接見した。忙しそうにしている関口議員は突然現れた警察官にイライラした表情を見せ
「忙しいんだから手短に頼むよ。警察官が何の用事なんだ?」
上から目線の高圧的な態度に杉下刑事は
「7月13日の朝、福井県で宮内庁の女性研究員が水死体で発見された事件をご存じでしょうか。」
事務的な口調で話すと関口議員の表情が一瞬ぴくっと震えた感じがした。
「それが何なんだ。私には関係ないと思いますが。」
冷静を装っているが声が少し高くなったことを杉下は見逃さなかった。一緒についてきた横山は
「現場の防犯カメラにこちらの松村秘書らしき人物が映っていました。さらに現場で見つかった佐久間美佳さんの携帯電話に川に転落する直前の佐久間さんと松村秘書の会話が録音されていたんです。今日は松村秘書に重要参考人として出頭願いますが、近いうちに関口議員にも来ていただくことになると思います。では松村秘書を呼んでいただけますか。」と頼むと議員は近くの人に耳打ちするとすぐに松村秘書が現れた。
「松村さんですね。警視庁捜査1課の杉下です。7月13日に福井県で発見された佐久間美佳さんの事件についてお話を伺いたいので、いっしょに警視庁までご同行していただけますか。」と言うと松村秘書は関口議員の方を向いて目配せし、軽くうなずいて
「わかりました。事件の解明に協力させていただきます。」と言ってついてくることになった。議員会館の外の道路に警視庁の車両が3台停めてあったが、その真ん中の黒塗りのクラウンに乗り込み、警視庁までの短い道のりをゆっくりと進んでいった。
警視庁に戻ると早速取り調べが始まった。取り調べは杉下刑事と横山刑事が引き続き立ち会ったが、観察室では森内部長もその様子を見守った。
取調室は4畳半ほどの狭い部屋の中央に小さな机が一つ、両側に椅子が2つ、部屋の隅には小さな机があり椅子が一つ、どうやら記録者用の机といすのようだ。松村秘書の正面にはベテランの杉下が座り、若手の横山は記録係をするようだ。
「松村さん、7月12日早朝、福井のホテルフジタを訪れ、佐久間さんを呼び出したことは認めますか。」
杉下刑事は時系列でわかっている範囲のことをきちんと並べて取り調べを進める計画のようだ。松村秘書はあらかじめ防犯カメラに映っていたことや発見されたスマートフォンに音声データが残っていたことを聞かされていたので案外素直だった。
「はい、福井には前日に入っていましたが、連絡を入れたのは13日の早朝でした。人目がないほうが話しやすいと思って早朝5時ごろに電話を入れました。するとロビーで待っていて欲しいという事だったので、しばらく待っていると彼女は着替えてカバンも持って出てきました。チェックアウトを済ませると一緒に外へ出て、前日に下見をしていた足羽川らの方に行きました。」とあっさりと防犯カメラに映っているのが自分であることを認めた。
「では足羽川らでどんな話をしたのか、どういう経緯で彼女が川へ転落したのか、詳しく教えていただけますか。」
事件の核心に触れる部分なので、慎重に進めることになった。
「あの橋のたもとから河川敷の方に下りると、川に沿って歩道が整備されていたので、そこを歩きながら下流の次の橋の方面に歩きました。話した内容は音声データの中にある通りですが、私は決して殺したわけではありません。彼女が脅迫ですかと大きな声を出すので、私も慌ててしまい彼女の手を握ったことは認めます。でも突き落としたのではありません。あれは事故なんです。私は彼女を落ち着かせたいと思って手を握って制しようとしていたんですが、彼女は手を振り払おうと暴れたもので、私が握っていた手を離すとその反動で彼女が川に向かって落ちてしまったんです。」
どんな人でも窮地に立たされると自分を守るために必死にいいわけをするものである。そう思った杉下は
「それではなぜすぐに救助するか、救助隊を呼ばなかったんですか。連絡すれば命は助かったかもしれませんよ。」
すると彼は
「そうですよね。気が動転していたんです。彼女がいなくなれば継体天皇が主役の年末歴史ドラマは放送されないだろうという事は少し考えたかもしれません。でも、殺すつもりは全くありませんでした。」と言って涙を流し始めた。杉下刑事は
「これは交通事故だったらひき逃げと一緒ですよ。事故だったとしても通報しなかった過失致死罪でしょうね。でも、関口議員の関与はなかったんですか。絶対に彼女が継体天皇の方を推薦することがないように彼女を脅迫してこいと命令されていませんか。早朝5時に若い女性をホテルに訪ねて呼び出すなんて異常ですよ。強い力が関与しているとしか考えられません。」と関口議員との関連を尋ねると
「議員は何も知りません。私が単独で考えて行動していたんです。議員が関与したら大変なことになるじゃありませんか。」
彼は脅迫に議員が関与したら議員辞職もあると考え、必死に議員を守っているようだ。
「では質問を変えましょう。音声データの中で脅迫と言う言葉が使われています。過去を消して宮内庁に就職という言葉も録音されています。この点については彼女の大学の同級生の福井県庁の反保裕司さんと奈良県庁の野坂陽子さんと福井県警の林田刑事が大阪、枚方を調査して明らかになっています。あなたは佐久間さんが旧姓は菊田であり、父親が菊田泰三で枚方の通り魔連続殺人事件の犯人であるという事を調べ上げ、彼女を脅迫して継体天皇を推薦することをやめさせようとしていましたね。」と突きつけると
「その点も認めます。彼女の身辺調査をしたところ過去の秘密が出てきました。これは使えると思い彼女に東京でも強く迫りました。なかなか言う事を聞かないので福井まで追いかけ、再度迫ったわけです。」
彼女の秘密にしておきたい情報をもとに脅迫するという卑劣な手段だが、秘書が一人で画策するわけがない。絶対に関口議員事務所もしくは民自党保守派、またはもっと大きな保守勢力が絡んでいるのではないか。観察室で見つめる森内部長はイメージを広げていた。ただ、関口議員は明らかにトカゲのしっぽ切りをしてきたのだろう。秘書一人に責任を擦り付け、自分たちは知らぬ存ぜぬを決め込んだのだろう。森内部長は大きな力を前に闘争心と絶望感が並立している自分を感じていた。
杉下もこのままでは松村だけが責任を取らされて終わってしまうと考え
「松村さん、罪を一人でかぶるつもりですか。あなた一人でこんな大それたことを企てたとは考えられません。正直に話してください。あなたはどこにお住まいですか。」と心情に訴える作戦に変えた。松村秘書は
「世田谷です。」とポツリと答えた。さらに杉下は
「ご家族は何人ですか。」と人の一番の弱点に迫った。すると
「妻と息子が1人、娘が2人です。」と松村は家族を頭に浮かべながら答えた。杉下はここが弱点だと攻撃の手を強めた。
「お子さんたちは大学生の娘さんと高校生の娘さんと息子さんですね。少し調べさせていただきました。お父さんが有罪になるとお子さんたちの就職に響くでしょうね。結婚となると前科のあるお父さんがいるのはマイナスポイントです。お子さんたちはどうおっしゃるでしょうか。」と杉下が話すと松村秘書の顔が激しく曇った。しかし彼も長年政治家の秘書を務めてきた猛者である。顔色を変えずに
「何と言われようがこの事件は私一人で計画し、残念な結果になってしまったものです。どうか、逮捕するなら私一人にしてください。」と主張した。
取調室は冷たい空気が走った。杉下はこのままでは松村秘書は一人で罪をかぶり業務上過失致死罪で懲役2年と言ったところかなと考えていた。不慮の事故として考慮されても通報しなかったというのは佐久間さんが死ぬかもしれないという事を予見できるのに、それを実行しなかった、見殺しにしたということになる。森内部長もこのままでは大きな山を見逃してしまうことになりそうで少し焦りを感じていた。
松村秘書の過失致死で終わらせようとする関口議員たちだったが、意外なところから告発が起こる。事件は政界を揺るがす大事件に発展していくことになる。




