18,ダイイングメッセージ
足羽川の川岸で発見された携帯電話を解析していた福井県警はその中から佐久間美佳が録音したデータを復元させた。その中には決定的な証拠となる音声が含まれていた。
反保裕司は二本松山の発掘現場に来ていた。現場責任者からだんだん大きなものが出始めていると聞き、期待が高まったからだ。県庁内部での勤務をしているが大学生のころから発掘作業が大好きで、発掘作業を仕事としてできるところとして福井県庁の学芸員を希望したが、赴任先は県庁の内勤だった。しかし、彼の考えでは越の国から男大迹皇子が大伴金村の誘いで大和朝廷の大王として即位し、継体天皇となったがその即位には謎が多く越の国は朝鮮半島と直接外交関係があったのではないかと考えていた。そんな考えが彼の頭を支配していた。だから発掘現場で作業員と一緒に発掘がしたくて仕方がなかったのである。
午前中の作業が終わり見晴らしのいい古墳の前方部で作業員と一緒に弁当を食べていると、道を上がってきた背広姿の人物が2人いた。反保が目を凝らすと林田刑事と若い巡査だ。おそらく林田のお供についてきたのだろう。林田は
「反保さん、足羽川らで見つけた携帯電話、科学捜査班が電源を回復することに成功したらしいんです。中身の確認に一緒に来てもらえませんか。」と反保に頼んだ。反保は大きく頷き、すぐに一緒に行くことに同意した。
2人はすぐさま古墳を降りて警察車両で県警本部へ入った。地下駐車場に車を止めると県警8階の科学捜査班の部屋に入った。科学捜査班の中にIT捜査係も含まれていた。IT捜査係は3人が所属しているが最近は押収したコンピュータやスマートフォンから削除したデータを復元したり、電源を復活させたり、誹謗中傷した書き込みの発生源を特定したり、とても3人では手が回らないくらいの忙しさらしい。そんな彼らに水没して電源が入らないスマートフォンの電源の復活と証拠となるデータの押収を頼んでいるのだ。IT係の香川刑事は細身で刑事らしくないが、眼鏡の奥に神経質そうな眼差しがITに強そうな印象を与えていた。
「林田さん、電源の復元終わりましたよ。こちらの方はどなたですか?」
「このスマホの持ち主と思われる佐久間美佳さんの同級生の反保さんです。佐久間美佳さんの水難事故についていっしょに調べているんです。今日は同席してもらいました。」と説明するとさっそくデータの解析を説明してくれた。
「電源の回復には苦労しました。スマホの内部まで水没していたのでゆっくりと乾燥させることが必要だったんです。だから丸3日じっくりと乾燥させ、スマホを開けて内部を丁寧に清掃してから電源を入れました。この時、ほこりなどがCPUの基盤の上に載っているとショートしておしまいなので、ミクロなレベルでほこりを取り除いて再電源投入しました。すると電源が入り、スマホの持ち主が最後に行った操作がすぐに出てきました。その操作はボイスメモだったんです。その音声は後で聞いてもらうことにして、このスマホの持ち主は設定の画面に出てきました。佐久間美佳さんでした。AppleIDの解析から間違いないと思いますが、林田さんの方で裏を取ってください。ではボイスメモを聞いてください。データは私のPCのほうに取り込んでおきました。では再生します。」と言って音声が流れ始めた。
風の音や川の流れるような音がする中、男の緊迫した声で録音データは始まった。
「佐久間さん、まだ継体天皇の方を推すつもりなんですか。」
すると佐久間美佳と思われる女の声で
「松村さん、何と言われても横やりに負けるつもりはありません。帰ってください。」ときっぱりとした口調で言い切っている。松村さんと言われた男はさらに続けて
「いいんですか。せっかく過去を隠して宮内庁に就職できたんでしょ。」と低い声で押し殺すような言い方で佐久間を責めている。すると急に口調が激しくなり、口論になったような感じで
「松村さん、脅迫ですか。研究者は不当な要求に負けていたら正しい研究は出来ないんです。近寄らないでください。・・・・手を放してください。」と言って周りの雑音もガサゴソと入ってきて明らかに争っていることがわかった。そして男の声は冷静さを失い、命令口調になって
「言う事を聞きなさい。ああ・・・・」と言うと周りの草が擦れるような音がして
「きゃー、あ・・・・」と佐久間の悲鳴が聞こえた。
録音はここで止まっていた。手を握られて話そうとしてもみ合いになったのかもしれない。音声だけなので何とも言えないが、この音声データで松村秘書がこの事件に関与していたことは確かなようだ。佐久間美佳がスマートフォンに残したダイイングメッセージにより、事件は新たな展開を迎えることになった。
再生された録音データをもとに捜査は一気に進むことになる。保守勢力の関口議員サイドはどういう動きに出るのか。