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16、枚方事件

佐久間美佳の戸籍を調べた林田たちは枚方の児童養護施設を訪ねて佐久間美佳の旧姓や阪神淡路大震災での被災状況を知る。彼女が菊田姓から佐久間姓を得て人生をやり直してたくましく生きてきたことを振り返る。

1993年、8月、母と娘は夕方、食事の準備をしていた。母は菊田玲子、娘は菊田美佳8歳 父、泰三は突然、

「駅前へ行ってくる。」と言い残して玄関から出て行った。泰三は1960年生まれ、高度経済成長の中で下町の工業地帯、枚方で成長した。枚方の公立校を卒業後、国立大阪大学工学部を経て、神戸の大手製鉄会社に就職した。しかし、子供のころから人付き合いが苦手で、会社の人間関係に悩むようになって、最近では会社を休むようになっていた。妻の玲子は同じ会社の先輩後輩で、泰三が高学歴で物静かな性格で優しそうだったことから、妻の方から積極的にアプローチして結ばれた。しかし、会社を休むようになると夫婦関係もぎくしゃくしてきて、子供の前でも喧嘩するようになっていた。そんな泰三が引きこもって半年、会社は病休状態になっていたが、夕方、突然、外へ出たのである。妻と娘はびっくりしたが久しぶりに外出してくれたことに、ほっとした感情になった。しばらくすると、駅前でサイレンが鳴って救急車や消防車、パトカーなどが走り回っている様子がした。玲子は嫌な予感がした。

「まさか、泰三が事件に巻き込まれていなければいいのだが。」

その予感は的中した。数日前から夫の様子は異常で、

「自分が引きこもっているのは社会が悪いんだ。」と夜中に叫んだり、包丁を持って妻に

「俺を殺してくれ。」と言ってみたり、精神的に壊れてきているのが玲子にもわかってきていた。しばらくすると、警察官が家の玄関に現れ、

「菊田泰三さんのご自宅ですね。先ほど泰三さんを緊急逮捕しました。ただいまより家宅捜索を行います。」と言って入ってきた。玲子と美佳は何のことかわからず、ボーとしていたが、テレビの臨時ニュースで初めて真相を知るに至った。泰三が枚方駅前で無作為に通行人に切りつけ、5人が死傷したのである。

 その夜から地獄が始まった。玄関前には報道陣が押しかけ、インターホンを押し続けている。電話は鳴りっぱなしで、報道機関からのものもあるが、ほとんどが一般人からで

「鬼の家族、出ていけ」といった内容ばかりなので、電話線は切ってしまった。玄関先に報道陣がいるので、翌日から学校にも買い物にも行けず、ずーと家の中で静かにしていた。マスコミがいなくなった時期を狙って2人は家を出て、小さなアパートに引っ越した。しかし、ここでも、近所の人たちから「出ていけ」とドアに書かれたり、「人殺しの子供」と書いたチラシをばらまかれたり、精神的に追い詰められていった。そんな生活が2年続いた。美佳は学校にもほとんど行けず、つらく苦しい日々を送っていたが、5回目の引っ越しで神戸の長田区の家賃の安いボロアパートに落ち着いていた。

1995年1月17日早朝5時46分、悲劇は突然訪れた。阪神淡路大震災、ドカンという大きな音とともに縦揺れがして、小さな部屋で寝ている親子の薄っぺらい布団に箪笥が倒れてきた。続けてグラグラと横揺れがして天井が落ちてきて、アパートの柱が倒れ、古ぼけたアパートは全壊した。しばらく何も考えられず、何が起こったのかと思案していた美佳だったが、倒れてきた箪笥が天井の直撃を防いでくれたようだ。すきまにすっぽり入って何とか生きている。隣に寝ていた母はどこにいるのかあたりを見渡してもわからない。なにより手足を動かすことができない。真っ暗で何も見えない中、手を探ってみると母のものと思われる手に触れた。その時初めて母の手が箪笥の下から出てきていることに気が付いた。母の手を握って

「お母さん」と呼び掛けても返事はなかった。母は下敷きになって死んでいたのだ。不安と失望の中、しばらく身動きが取れずじっとしていると、外が少しずつ明るくなってきて、アパートの前を何人かの人が声を出して歩きだしたのが分かった。

「助けて、ここにいます。」

何とか声を出して助けてもらいたい。必死に声を出したら、数人が来てくれて、瓦礫をどけて美佳を助け出してくれた。残念ながら母の玲子は息を引き取っていた。それからは近くの学校の体育館に収容され、母の亡骸の近くで4日ほど過ごした。周りには生き残った子供たちが家族と一緒に無事を喜んでいた。母一人子一人だったがその母が死んでしまったことを避難所の責任者に話すと、ずいぶん心配され、食事を運んでくれたり、毛布を分けてくれたりしたが、すぐに近くの養護施設に収容された。美佳は元来賢い子であった。養護施設に入れたことを前向きにとらえ、アパートの一室から出られなかった過去を変えるには、新しいお母さん、お父さんに気に入ってもらうしかないと悟っていた。施設の先生方が感心するほどお手伝いをし、小さな子供たちの世話をした。子供同士のもめごとがあると、仲裁に入り子供同士で解決するように努めた。そんな努力が報い、子供に恵まれなかった夫婦が、大震災で親を亡くしてしまった孤児を養子に迎える制度で受け入れてもらうことに成功した。新しい両親は佐久間さん。優しいお父さんとお母さん。大阪市東成区中道に住む会社員の夫婦で、何不自由なく育ててくれた。美佳はせっかく手に入れた幸せを手放さないように必死に良い子を演じきった。


佐久間姓を得た美佳はここからどのように生きて来たのか。またどうしても菊田姓について隠して生きていきたいと思っていた美佳が関口議員サイドからどのように脅されるようになるのか。事件は真相解明に至っていく。

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