10,林田刑事の追究
福井の捜査と奈良の調査を終えた林田刑事は反保と野坂を容疑者として捜査の方針を固めた。事件当日の佐久間美佳の行動を調べるとホテルを早朝5時30分にチェックアウトしていることがわかる。そこから林田刑事はホテルや道路の設置してある防犯カメラ映像を確認していく。すると怪しい男の影が現れた。しかし不鮮明な映像は犯人特定にまでは至らない。
林田刑事は福井県警に戻り事件を洗いなおしていた。容疑者は2人。佐久間美佳と最後に会っていた元恋人の反保裕司、そして2人を尾行していた野坂陽子。NKHの年末歴史ドラマの舞台をめぐる争いもあるが3人の恋愛関係のもつれ、反保は復縁を迫ったが断られてかっとなって。野坂は反保へ片思いをしていたが反保と佐久間が福井で2日連続で肉体関係を持ったことで感情が爆発した。2人とも十分な動機はあると考えていた。
佐久間が最後に目撃されたのはホテルフジヤをチェックアウトした7月12日の早朝5時30分である。いくら何でも早すぎる。誰かから呼び出されたのか、何か急用が出来たのか。その辺に事件解決のカギが隠されている気がしていた。遺体が発見されたのが7月13日早朝という事から24時間で九頭竜川を流れたことになる。死亡推定時刻は7月11日の早朝から12日の早朝。本人たちの証言を信じれば反保は11日の夜11時ごろまでは一緒にいたと言っているし、野坂は12日の朝までホテルに滞在している。ホテルのチェックアウトが佐久間本人であるとすれば12日の早朝までは生きていたことになる。死亡時刻は12日の早朝、チェックアウト直後しか残っていないことになる。
そう考えた林田は7月20日、再度ホテルフジヤへ出かけた。カウンターで12日の早朝に佐久間のチェックアウトを担当した人物を探してもらった。するとその場にいた女性が自分が担当したと言ってくれた。そこで
「チェックアウトした人物は佐久間さん本人でしたか。」と聞いて宮内庁から手に入れた本人の写真を見せた。すると写真をしげしげと眺めて
「この方で間違いないと思います。2連泊のお客様でしたし、真っ赤なスーツが印象的でとても美しい方でしたからよく覚えています。それにとても早いチェックアウトだったので印象に残っています。まだ5時半では始発の電車もようやく動き出す時間ですし、町には人通りもないので、どこへ行くのかなと思いました。」と話してくれた。
これで死亡推定時刻は7月12日の早朝と確定した。何らかの事情でホテルを5時30分にチェックアウトしてしばらくで川に落ちたか落とされたか。林田刑事はホテルフジヤの正面出口から外に出て、辺りを見渡し彼女の足取りを想像してみた。南に200mも行けば足羽川が流れ、幸橋が架かっている。北に行けば2キロほどで九頭竜川が流れ天池橋が架かっている。どちらにしても途中で合流して終点は三国の日本海である。
林田刑事は反保裕司に会うためにその足で福井県庁に向かった。県庁の受付で文化課の反保を呼び出すと1階のロビーで待っていてくださいと言われ、エレベーターホールを抜けた先の待ち合わせロビーの椅子に座って待っていた。県庁を訪れた人たちが多く利用する場所なので福井県を紹介する多くのポスターが貼りだしてある。恐竜博物館のポスターやカニをPRするポスターなどに混じって北陸新幹線延伸のポスターもあった。2024年、金沢から敦賀まで延伸することで福井県が東京とつながることになる。将来的に大阪までつながれば、東海道新幹線に事故があったときのバイパス的な役割を持たせることが出来るとして災害対策の一面もあるそうだ。
しばらくするとエレベーターホールから反保が現れた。
「お待たせしました。今日はどんなご用件でしょうか。」と挨拶すると
「今日はひとつだけ質問があって来ました。7月12日の早朝、あなたはどこにいましたか。」
あきらかにアリバイを確認した質問である。反保は
「7月12日ですね。彼女に最後に会ったのは7月11日の夜だったので、たしか家で寝ていて6時30分に起きて8時30分までに県庁に出勤したと思います。11日の夜も彼女の部屋で少し飲んだので、朝は二日酔いもあったと思います。アリバイの証明は家族しかできないと思いますが、どうでしょうか。」と冷静に話していた。林田刑事は家族の証言では確証とまではいかないが、嘘ではなさそうだと感じた。ただ念のために彼の家族に電話して裏を取ることにした。
野坂陽子にも聞く必要があると思い、奈良県庁に電話を掛けた。
「野坂さんですか。福井県警の林田です。先日はどうもご協力ありがとうございました。実はもう一つだけお伺いしたいことがありまして、7月12日の早朝のあなたの行動についてなんですが、詳しく教えていただけませんか。」と手短に話すと
「12日ですよね。ホテルフジタに私も泊まりましたが、7時ごろからロビーで佐久間さんがチェックアウトに出てくると思い、ロビーを見渡せる場所の椅子に座って待っていました。でも10時になっても出てこないのでフロントで聞いてみたんです。彼女の友達なんだけど、彼女と待ち合わせしたけど彼女はまだ寝ているんですかって。そしたら5時30分くらいにチェックアウトしたって聞いて、もうどこへ行ったか分からないので福井駅へ行って奈良に帰ってきました。刑事さん、アリバイを調べてるんですね。私も疑われているんですか。アリバイと言えるようなものは、何もないことになるんですかね。」と言うので林田は
「ホテルのフロント係にあなたが10時ころに佐久間さんのことについて尋ねたかどうかを聞いてみます。どうぞご安心ください。」と答え電話を切り、すぐさま先ほどのホテルのフロント係に野坂の証言の裏を取ったところ、7時ごろから長時間座ったままのお客さんがいて佐久間さんのことを聞いてきたことを覚えていた。2人のアリバイは今のところ確認されたことになった。しかしまだ事件とも事故とも判断は出ていないが、不可解なことが多すぎる。事件として判断されれば捜査本部が設置されるだろうが、今のところ林田刑事一人で捜査を進めていくほかはなさそうだ。
そこで、林田は近くの防犯カメラを確かめることにした。ホテルフジタは駅前の人通りの多いところにあるのでたくさんの防犯カメラが設置されている地域である。手始めにホテルフジタのロビーの防犯カメラを見せてもらった。フロントの中の事務室でモニターを見せてもらった。7月12日午前5時30分を検索するとまもなくチェックアウトする佐久間美佳の姿が現れた。早朝で人気が少ない中、てきぱきとチェックアウトをしてNKHの支払いだが超過分は自分で払ったのかカードを提示している。終了すると出口に向けて歩き始めた。その時、出口の近くに一人の男が立っていて、佐久間美佳に近づいてきて、何やら話しかけて外に出ていった。外の様子はまた他のカメラを見なくてはいけない。林田刑事はホテルのスタッフにこのあたりの防犯カメラ設置場所について聞いた。すると通りに出たところに何か所か設置してある店もあるし、福井県警が設置したものもあった。まずは近くのお店の物を見て回ったが、南へ行ったところのお店の防犯カメラの午前5時32分に佐久間美佳と思われる人物が南に歩いている様子が確認できた。この先は福井市で一番大きな大名町交差点なので福井県警のカメラがある。県警本部に戻った林田は県警防犯カメラシステムを運用している部署へ行き、事情を話すと7月12日午前5時30分を検索してくれた。ここからはカメラからカメラへ移動することも可能になっている。佐久間と思われる人物を特定して連続して検索しながら画像をつないでくれるシステムである。そのカメラによると、大名町交差点に現れた佐久間は、ホテルから一緒に出てきた男と共に、交差点を渡るとそのまま南へ直進して足羽川方面に進んでいる。交差点を渡った先の次のカメラでも2人を確認できている。しかし、足羽川にかかる幸橋の上のカメラには5時45分まで確認しても現れてこない。橋はわたっていないという事になる。そこで、橋の手前を左右に曲がった可能性もあると考え、左に曲がったところのカメラと右に曲がったところのカメラも調べてみた。しかし、どちらも2人の姿を確認できなかった。
林田刑事の結論はこうだ。午前5時35分頃、幸橋に到達した2人は橋のわきの河川敷に下りる階段を下りて川の近くに行ったのだ。橋の下の画像は存在しない。犯人と思われる人物はカメラの死角になる場所を選んで佐久間美佳を誘導して連れて行ったという事になりそうだ。そうなってくるとこれは事故ではなく事件であり、殺人事件という事になるかもしれない。えらく大きな山にぶつかったという感触をこの時、感じていた。
林田刑事から容疑者としてマークされた反保と野坂がとった行動は? 舞台は佐久間の周辺を探具るために東京へと向かうことになる。