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9,福井県警の捜査

九頭竜川河口で上がった死体は宮内庁の佐久間美佳だと判明した。福井県警の林田は容疑者として福井県庁の反保と奈良県庁の野坂をリストアップした。大学の同級生で元恋人の反保は死の直前、最後まで一緒にいた有力な容疑者で林田は彼のアリバイを追求する。また奈良県庁の野坂もアリバイが曖昧だった。彼らの運命はどうなるのか。

①福井県庁 反保裕司


 7月16日、林田刑事は福井県庁を訪れていた。三国で見つかった死体が東京の宮内庁に勤める佐久間美佳と言う35歳の女性だとわかり、東京の警視庁や宮内庁に問い合わせて、7月10日から福井に調査に来ていたことがわかっていた。そして宮内庁の書陵部陵墓課の佐多課長からの情報で7月11日には福井県庁で福井県知事を表敬訪問しているはずだということもわかっていた。そこで、林田刑事は福井県庁の知事室を訪れてその近辺の足取りを探ることにしたのだ。

 8階の知事室の前の秘書室で用件を述べると知事の第1秘書が対応してくれた。

「福井県警の林田と言います。先日、7月11日にこの知事室に宮内庁から佐久間美佳と言う女性が知事を表敬訪問しているという情報を得たのですが、本当でしょうか。」

「はい、確かに午前9時に知事室で東山知事と面会しています。NKHの年末歴史ドラマの意見書を出すための調査と聞いています。知事からは是非福井を舞台にしてほしいと要請いたしております。」と知事の第1秘書は答えた。林田刑事が

「その後の佐久間さんの足取りなどはわかりませんか?」と聞くと

「それでしたら担当者として県庁文化課の反保君が彼女を案内したので、彼に聞くとよくわかると思います。ところで、佐久間さんに何かあったんですか。」

「実は7月13日に水死体で三国の防波堤で見つかったんです。事件なのか事故なのかまだわからないんですが、一応捜査してはっきりさせなくてはいけませんので。」と答えた。

 すぐに反保が秘書室に呼ばれた。11階から訳もわからず8階まで降りてきたが、相手が刑事だと聞き嫌な予感がしていた。秘書室の応接セットで林田は待っていたが

「反保さんですね。先日、佐久間美佳さんが水死体で発見されました。直前にあなたが一緒に調査に回られていたとお聞きしたので、少しお話をお伺いしたいのですが、お時間よろしいでしょうか。」

林田は元彼女でしばらく会ってはいなかったが、つい5日前に会い福井県内を調査して回り、片町で一緒にお酒を飲み、ホテルで肌を合わせた佐久間が死んだと聞いて血の気を失った。彼女に最後に会ったのは自分なのだろう。ホテルを出たのは2日とも11時過ぎだ。最終電車に乗ったのでよく覚えている。驚きを隠せないままに

「いいですよ。」と言って同じソファーに会い向かいで座った。

「まずは、2人の間柄からお聞きします。」と林田が警察手帳を出しメモを取る構えで聞いてきた。刑事ドラマで刑事が聞き込みをするときに出てくる情景のような気がして、自分が疑われているような不安感が増してきた。

「僕たちは大学・大学院の同級生で早稲田大学歴史学研究室の仲間で、学生時代は僕の彼女でした。卒業以来ほとんど会う事もなかったんですが、先日ここで会って、食事も一緒にしました。」

林田は詳しくメモを取りながら

「福井で会った日のことを詳しく教えていただけませんか。」と言うと

「最初に会ったのは実は7月10日でした。庁舎内で仕事をしていると携帯電話に連絡があって、ホテルフジヤで宿泊するから夕飯を一緒にというお誘いでした。定時まで仕事をするとすぐにホテルフジヤまで歩いていき、ロビーで彼女に会いました。その足で片町に出て春吉と吉川寿司に連れていきました。」

ホテルの部屋まで行ったとは言いにくかったのでそこまでで止めておいたのだが、林田は見逃さなかった。

「1日目は吉川寿司で別れたんですか?」

厳しい質問を投げかけてきた。

「いいえ、実は彼女の部屋まで行って深夜まで話しました。」

「どんな話をされたんですか?」

「僕が発掘の管理をしている二本松山古墳の話やNKHの年末歴史ドラマの話などをしました。」

少し答えに詰まりながら答えたので、矢継ぎ早に林田は

「話だけで終わったんですか。一つの部屋に若い男女が一緒にいたとなるとそれだけでは済まないんじゃないですか。」

当然の流れである。林田の指摘に隠せなくなった反保は

「元の恋人同士なので昔を思い出して・・・・・」

ついに白状してしまった。

「元の恋人同士が一晩を共にして、よりを戻そうという事にはならなかったんでしょうか。」そうはならなかったことを強調して11時には帰ったことを説明した。

「翌日が7月11日ですね。知事室で会ってからどうしたんですか。」

林田の質問は核心に近づいて来た。

「7月11日は知事室を出て公用車で足羽山、松岡古墳群の二本松山古墳、丸岡城などを案内しました。夕方ホテルまで送りましたが私もホテルに入り、夜中11時に帰りました。正直に言いますとその日も彼女と寝ました。でも、それだけです。彼女が死んだなんて全く知らなかったんです。」

自分がもっとも疑われる犯人候補であることは林田の質問から明らかだった。決して自分ではないことを証明しなくてはいけないが、捜査の状況がわからないので迂闊なことは言えない。しかし、自分は犯人ではない。何とか信じてもらわなくてはいけない。

 林田は矢継ぎ早に質問を続けてきた。

「佐久間さんがもし殺されたとすれば、7月11日の夜か7月12日と考えられます。あなたには殺害の動機は十分にあると考えられます。一夜を共にし交際を復活させようとしたが断られ、翌日もホテルの部屋に乗り込み、結婚を迫った。しかし、彼女は福井に嫁に来る気はなく、理性を失ったあなたが殺してしまった。こんなシナリオはよくある事ですよ。」

ストーカーまがいの殺人であるかのように言われ、反保はますます窮地に追いやられた。何とか自分の身の潔白を証明しなくてはいけない反保は

「殺害の動機なら僕よりも奈良県の野坂さんの方が強くないですか。僕も福井県知事から強いプレッシャーを受けて年末歴史ドラマの誘致に失敗しないように言われていますが、奈良県の場合も同じように知事からプレッシャーを掛けられていたと思います。佐久間さんが福井が勝つように意見書を書いてしまうと野坂さんは奈良県庁で居場所がなくなるかもしれません。絶対に負けるわけにはいかなかったのは僕と同じだと思います。それに、佐久間さんと野坂さんと僕は大学1年生のころから6年間一緒で、彼女を含めた3角関係だったと思います。野坂さんが佐久間さんと僕が福井で会っていたことを知ったら殺意を感じたかもしれません。彼女が秘かに佐久間さんの後を追って福井に来ていて、僕たち二人を尾行していたら、そう考えると腑に落ちると思いませんか。」

林田刑事は反保の考えを荒唐無稽な話だと感じた。窮地に追いやられた犯人が急場しのぎに出鱈目を言っているに違いないと思った。しかし、奈良県を調査してみる必要性はあると感じた。

「また来ると思いますが、今日はこの辺にしておきます。今日は失礼します。」と言って知事室をあとにして福井県警に帰っていった。


②奈良県庁 野坂陽子


 反保に言われたことが気になって林田は奈良出張を課長にお願いし、7月18日には奈良県庁に姿を見せた。林田刑事は野坂陽子に直接連絡せず、最初に秘書課にアプローチした。秘書課で知事の表敬訪問をした佐久間美佳の足取りを聞き、その後の野坂の足取りは文化課の課長を呼び出して福井への出張をしているかどうか聞き出した。

 秘書課の聞き取りでは確かに6月10日に佐久間が奈良県知事を表敬訪問している。その時に野坂も同席し、その日の行程にはすべて同行したようだ。秘書課の課長がその日の夕方、知事を交えて懇親会を開いたことをよく覚えていた。

 文化課の課長を呼び出した時は野坂にわからないように話を聞きたかったので、秘書課から電話して秘書室に来てもらった。文化課の課長が現れると

「福井県警から来ました林田と申します。」と言って名刺を渡した。課長からも名刺を受け取るとすぐさま要件に入った。

「福井で宮内庁の佐久間美佳さんが水死体で発見されました。佐久間さんは6月に奈良県庁を訪れていますね。その時、案内役をしたのは文化課の野坂陽子さんですね。野坂さんは佐久間さんとは大学時代の知り合いと言うところまではわかっています。ちなみに7月10日前後に彼女が福井へ出張した形跡は残っていませんか。」と聞いてみた。課長はいつも手元から離さずに持っていそうな黒いデスクノートを開いて7月10日前後を調べた。課長として課員の出張や残業、来客など細かいことまで何でも記録してありそうなしっかりした厚めのデスクノートだ。

「ありました。7月10日から11日にかけて福井へ出張しています。そういえば福井に宮内庁の佐久間さんが来るから、奈良県をPRすると言って出かけていったことを覚えています。」という証言をもらった。

 あきらかに不自然である。通常であれば会議が開かれるとか調査活動があるとか明確な用事が文書で残っているようなものでなければ出張命令は出されない。出張旅費の支出監査が厳しくなってからどこの県でもそう簡単にはいかないはずだ。しかし県知事からの特命を受けているという事で特別待遇だったのかもしれない。しかし、福井で反保から話を聞いた時には佐久間と会ったことは出てきたが、野坂と会ったという話は一切出て来てない。一体、野坂陽子は何をしに福井へ行ったのか。そんな疑問が湧いている中、いよいよ野坂を呼び出して話を聞くことにした。文化課の課長にお願いして野坂さんに秘書課に来てもらうことにした。しばらくすると黒いタイトスカートと黒いスーツに白いサテンのブラウスを着た美しい女性が現れた。足元も黒のピンヒールをはいている。髪は長く肩まであるが、全体にウェーブがかかり、肌は白く黒縁のメガネは知的な雰囲気を醸し出していた。

「文化課の野坂と申します。どのようなご用件でしょうか。」と野坂陽子が林田に聞いてきた。林田は野坂のことを勝手に小太りの丸顔の歴女と決め込んでいたので、現れた美女にびっくりしてしまい、どぎまぎしていたが立ち上がり名刺を出して

「福井県警から来ました林田と申します。」と挨拶した。気を取り直して

「佐久間美佳さんとは同級生ですよね。早稲田大学ですね。彼女、先日、福井で水死体となって発見されたんです。事件とも事故ともはっきりわからないんですが、捜査をしているわけです。6月には奈良県庁を訪れた佐久間さんとお会いしていますよね。どんなことを話したかお話し願いますか。」と言うと野坂はあまりの衝撃に言葉を失い目の前が真っ暗になったような感触があった。

「1日目は桜井市の(はし)(はか)古墳とかを回りました。知事との懇親会がありましたが、そこでは落ち着いて話は出来ませんでした。2日目に奈良ホテルで一緒に食事をしたんですけど、NKHの年末歴史ドラマの舞台について話しました。あの時は奈良県は少し弱めでした。箸墓遺跡が卑弥呼の墓とされていますが、反対する研究者も多いという話をしました。福井はなかなか面白いと言っていました。それにしても彼女が死んじゃったなんて信じられません。」と答えてくれた。林田はついに確信の質問に入った。

「ところで、野坂さんは7月10日から11日にかけて福井へ出張していますよね。先ほど課長さんからお聞きしました。福井での行動についてお話しいただけませんか。」

野坂陽子は思いもよらない質問に少したじろいだが、福井に行ったことを知られているので隠してもダメだと思い、正直に話し始めた。

「実は彼女が奈良に来たときに奈良を推薦する気はなさそうだと感じたんです。そこで宮内庁の情報やNKHの情報を集めて逆転できる要素はないかと検討していたんですが、NKHさんの方から得た情報で、佐久間さんが7月10日に福井へ調査に行くと聞きつけたんです。課長に相談したら『福井に行って調査の様子を見て、佐久間さんとも相談してきなさい。』と言われ、宮内庁で佐久間さんが乗る新幹線を調べました。福井駅到着の時間もほぼ予想できたので、その時間に合わせて福井駅で待っていました。福井駅に彼女が現れた時、素直に話しかけられなかったんです。彼女は反保君と会うんじゃないかと考えるといらいらしてきて、そこからは彼女を探偵のように尾行しました。市内のホテルにチェックインした後、ロビーに出てきたんだけど、予想通り反保君が現れ彼女と一緒に食事に行きました。お寿司屋さんを出てからはホテルに戻ったみたいでした。しばらくロビーで待っている間は、私は何をやっているんだろうと自問自答しましたけど、奈良県職員として奈良県知事の特命を達成すべく、情報集めのため同じホテルで部屋を取りました。翌日も彼女の後をつけて行動しましたが、また反保君とホテルの部屋に入っていったので複雑な心境でした。でも3日目の朝は彼女の動きがわからなくなってしまったんです。早朝にチェックアウトしたんではないでしょうか。私はどうしようもなくなったので奈良へ帰りました。」

林田刑事はホテルフジタへ行って佐久間の宿泊記録を調べたことを思い出した。福井県庁での反保裕司の聞き取りを行った後、裏を取るためにホテルへ行ってフロントで宿泊記録を調べてもらっていた。チェックインは7月10日の16時08分、チェックアウトは7月12日の朝、5時30分となっていた。チェックアウトがやけに早いなと感じたことを覚えている。野坂陽子の言う事はほぼ当たっている。

「彼女を尾行して何かわかりましたか。」

林田の言葉に野坂は

「何にもわかりませんでしたが、反保君と佐久間さんがまだ愛し合っていたことはわかりました。私のつけ入る隙はなさそうでした。」と話した。その言葉を聞いて逆に林田刑事は三角関係のもつれから野坂が佐久間を殺しても不思議ではなく充分な動機と言えると感じた。

「また、お話を伺いに来るかもしれませんがその時はよろしくお願いします。」と言って林田刑事は奈良県庁をあとにした。



福井県の捜査と奈良県での捜査を終えた林田は決定的な証拠を得られないまま捜査は行き詰まる。そして疑いをかけられた反保と野坂は自分たちの疑いを晴らすために自ら独自の調査を始めることになる。彼らの調査は佐久間が働いていた東京へ向かう。

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