疑惑の真相
陸自ヘリ墜落事故は、事故調査委員会によれば何らかの機体のトラブルの可能性が高いとされた。海自の掃海艦が海底に横たわる事故機の胴体部分を水中カメラに捉えていた。
事件性はないとして、警察は動いていない。しかし、公安庁の島津は内密に捜査を始めている。発端となったのは、陸自幹部から預かった通信記録だ。
彼の信頼する部下のひとり、大塚調査官がその解析結果を報告した。
「機内に居合わせた山内陸士なる人物は、弾薬の管理に関わる何らかの不正を疑われたものと思われます。ノイズの除去で唯一聞き取れたのは、『不明だ』の前は『首謀者は』という言葉です。山内は組織的な不正の関与を疑われたのでしょう・・・」
だとすれば、その後の言葉「警務隊を待機させろ」に繋がり、一応意味は通じる。
「最後の途切れたところの意味は?」
「山内の何らかの行動に気付いて『おい』と声をかけています。直後に通信が途絶えたのは、その山内のとった行動に関係があるかと・・・そして、それが墜落に直接関係した可能性があります」
大塚はノートパソコンで機体の残骸の画像を見せた。海保の巡視船が回収したドア部分の破片、水中カメラが撮影した、原形をとどめないほど破壊された胴体・・・。
「多くは墜落の衝撃によるものです。しかし、一部の破孔は衝撃波が集中して生じたもので・・・専門家の一人は、内部からの爆発の可能性を指摘しています」
そして大塚は、自衛隊の小火器リストの画面から一つを選んだ。
「MK3攻撃手榴弾・・・建物破壊に使われるほど威力があります」
「つまり君は、不正を暴かれ、追い詰められた山内が自爆したと言いたいのだな?」
「はい、有力な可能性として・・・ただそこまでやるには、動機が弱い・・・」
「そう、かといって、精神的に問題のある男ではない。君の言う通り、くだらん不正などで自爆などするはずがない。手榴弾を持ち込むからには、覚悟を決めていたということだ」
島津は、情報提供者の陸自幹部とのやり取りを思い出していた。
「これは私の推測だが・・・山内は機内にいた隊員たちを仲間に引き入れる使命があった・・・大きな企ての下に募る同志として・・・しかし彼は失敗し、秘密を守るためには全員を殺すしかなかった」
「何の企てですか?」
「それを知るには、『首謀者』を探さなくてはならない。いずれにしてもこれは事故ではなく、大事件だ。騒ぎになって相手を見失うわけにはいかない・・・限られた者で秘密裡に捜査をすすめることだ」
インターホンの呼出音は、なかなか鳴り止まない。目を覚ました前田は、前夜飲み過ぎたせいでとても応対する気になれず、無視を続けた。
しかし、あまりのしつこさに業を煮やして立ち上がった。
「どなたです?」
インターホン越しに、前田は吐き捨てるように言った。
「前田栄一さんですね?お休みのところ申し訳ありません。公安庁の島津と申します。少しお話させてもらえますか?」
予想外の訪問者に驚いた前田は、ふと時計を見た。午後一時を回っている・・・。ここは仮住まいの官舎で、彼の居場所を知る者は限られている。それに平日の休暇まで把握されていることになる。
「令状をお持ちですか?」
「そういう要件ではありません。ご都合が悪ければ出直します」
前田はドアを開け、訪問客を招き入れた。
「散らかっていますがどうぞ」
二人のスーツ姿の男が、無造作に酒瓶の並んだテーブルの席に座らされた。
「よくここが分かりましたね?」
前田は確認の意味で尋ねた。
「陸自さんには少しコネがありまして・・・山内英雄陸士をご存じですか?事情があって彼の関係者を伺っているのです」
島津は説明しながら、前田の表情を窺っている。
「彼は一時私の部隊にいましたから・・・残念な事故でした」
前田は報道された通り「事故」と表現した。事件なら、警務隊か警察が訪ねてくる。公安庁ということは・・・別の目的ということになる。
「それで公安庁の方が何をお調べで?」
島津は前田の表情から、駆け引きは無意味と悟った。
「あえてお尋ねします。彼を含め、あなた方はウクライナへ派遣されていましたね?答えられない事情は理解していますし、その事を詮索するつもりはありません。答えられる範囲で結構なのです」
前田は島津の真意を測りかねた。この男が何をどこまで知っているのか・・・それを探るべきか・・・いや、こちらがぼろを出すのを待っているかもしれない。
「おっしゃる通りです。それに関してはお話することはありません」
「ヘリ墜落は、事故ではないと私はみています」
一瞬、前田の表情が変わったのを島津は見逃さなかった。驚きの目ではなく、島津への激しい敵意の眼光だった。
「それは初耳です。何か根拠でもあるのですか?」
「確証はありません。私の仮説をお聞き頂けますか?あなたのご意見を伺いたいと思いまして」
前田は頷き、説明を促した。
「山内陸士は、新たに編入されたレンジャー隊員たちとヘリに乗っていました。彼らは皆、特殊な訓練を受けた精鋭揃いでした。リぺリング、狙撃、破壊工作・・・山内は彼らの力を必要としていました。ある秘密作戦の為に・・・彼らを味方に引き入れねば、敵側に回る可能性が高い・・・しかし、残念なことに、彼らは応じることなく山内を糾弾しました。秘密作戦が発覚した場合、山内はヘリもろとも自爆する覚悟でいたのです」
島津は間をおいて、前田の表情を確かめた。
「その秘密作戦とは?」
「クーデターです。既に相当数の隊員を集めていると思われます。おそらく、ウクライナ派遣隊員の中にも同志はいたでしょう・・・」
前田は、島津の観察力に警戒せざるを得なかった。意図的に思えるが、首謀者かもしれない前田に対し、あえて考えの全てをさらけ出している・・・それが彼の知り得る限界であることを示していた。
「クーデターですか・・・どのような計画でしょう?成功すると思いますか?この日本で・・・」
「そこまでは私にも分かりません。あなたならどうするか、お聞きしたいものです。企てを阻止する参考になるでしょう」
前田は不機嫌な顔で二人を交互に睨みつけ、首を振った。
「失礼なお方だ。そのような馬鹿げた話に付き合うほど暇じゃない・・・お引き取り頂けますか?」
島津は立ち上がって一礼した。大塚もそれに倣い、部屋を出ようとする島津の後を追った。
官舎の敷地を後にする二人にとって、この短時間の聴取は決して無意味なものでなかった。
「何か気付いた事は?」
「島津主任の推測に聞き入っていましたね。一瞬ですが、前田の目に殺気を感じました。彼はこの一件に関わっていると思います」
「よく見抜いた・・・だが、君は私のクーデター説を信じないだろう?」
大塚は素直に認めた。
「はい、率直に申しまして、あまりに飛躍し過ぎたお考えかと・・・」
「あの男は命令に従う、部隊指揮官にすぎない。戦地のウクライナへ派遣されたということは、それなりの地位にある者が背後にいるということだ」
「派遣に防衛省は関知していないということですか?」
「私は最初、義勇軍に参加した者の調査が目的だと思った。元自衛官なら秘密裡に調査する動機も理解できる・・・しかし、実戦を望む兵士を集めるのが真の目的だった。クーデターを企てる者にとって、最も恐れるのがその情報の漏洩だ。その目的に適合する人材集めと部隊編成に、まさにうってつけの場所といえる」
自爆した山内のとった行動は、その延長線上にあると大塚は理解した。
「山内は、国内での、その人材集めに失敗した訳ですね。クーデター計画があるにせよ、必要な戦力を集めるのがいかに困難であるかは理解できます」
大塚はそれが実行不可能であると思っているが、島津の見解は異なっている。
「前田は相当飲んでいた・・・部下を失ったからか?戦力集めに失敗したからか?それでもやらなくてはならない重圧からだと私は思う」
島津は防衛省幹部から聞いた、あることがずっと引っ掛かっていた。新システムの実地訓練が近々行われる・・・既存の指揮系統システムが損なわれた際に緊急発動され、その要因のひとつに、クーデターが想定されていた。
これは偶然なのだろうか・・・。