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幽鬼のレンジャー部隊

 何故連中がここにいる・・・集団で義勇軍に参加しているのか?自衛隊がそんなことを認めるはずがない・・・。

 まさか、俺に用か?いや、こんな大勢でそれはない・・・何か目的があるはずだ・・・。

 疑問が渦巻く中、野口は雪を払いのけて立ち上がった。日は沈みかけているが、野口と同じウクライナ兵の日本人・・・目の前に立つ2人の顔がはっきりと確認できた。

「久しぶりだな、野口。俺の顔を覚えているか?」

 望まぬ再会に、野口は警戒心を隠さなかった。もう1人の隊員は、不快感をあらわにした。

「何故撃たなかった?」

 野口はいつの間にか、22名の隊員に囲まれている・・・無傷でロシア軍に勝利した彼らは、優秀な兵士たちに間違いはない。しかし、何かにとりつかれたような目つきで、その表情からは何の感情も見られない。

 むしろ、目の前の不機嫌な男の方が人間らしく思える・・・野口はその男に答えた。

「俺は自衛隊をとっくに辞めた身です。命令を受ける立場にない」

 そして野口は、2人の顔を見比べて言った。

「ああ、思い出しました・・・前田中隊長に、加藤三尉・・・だがもう何の関係もありません」

 野口は、自分を非難の目でみる加藤を睨み返した。銃撃戦の時、野口はスコープ越しに、彼のあるまじき行為を目撃していた。

「加藤三尉、あなたは負傷し降伏したロシア兵を射殺しましたね?国際人道法で禁じられた戦争犯罪です」

「何?」

 思わぬ指摘に加藤は顔をしかめ、怒りを抑えながら釈明した。

「やむを得ない処置だ。それにロシア軍もやっていることだ」

「そう、だからあなたはロシア軍と同じ、下種野郎です」

 怒りに火が付いた加藤は、とっさに自動小銃を手に取った。しかし、野口が銃口を向ける方が早かった。

 夕暮れが凍り付いたような瞬間だった。野口は兵士全員から銃を向けられている・・・前田隊長を除いては。

「落ちつけ!同士討ちは困る」

 前田の声に、野口は目線を変えず答えた。

「俺も迷惑です。仲間と思われては困る」

 銃口を突き付けられた加藤は、野口の目に殺気を感じた。動けば撃ち殺す・・・そんな目で威圧する野口に、前田は穏やかに語りかけた。

「お前が大勢のロシア兵を狙撃したことは知っている・・・名誉勲章を手にしたことも、勲章の為に戦っていないことも知っている・・・だがお前がロシア兵を何百人倒そうと、戦況は変わらない」

 野口は表情ひとつ変えずに聞いている。前田は続けた。

「この状況で言うのも何だが・・・お前にもっと相応しい戦いの場を与えたい。敵はロシアに変わりないが、目標はもっと大きい。更に、最も重要なことだが、この戦いに勝利すれば、お前の見捨てた祖国は大きく変わる・・・俺はその為に、ロシア語の話せる最優秀スナイパーを探していた」

 野口に「祖国」という言葉は、何の意味もなさなかった。

「夢のような話ですが・・・残念ながら、日本には何も望めません」

 そう・・・だから野口は日本を飛び出したのだ。前田はそれを十分理解していた。

「いままでの日本はその通りだ・・・だが半年もたたないうちに、国家の体制は一新される。俺たちはその為に動いている」

 その言葉に、野口の眉が少し動いた。おぼろげながら、彼らの正体が見えてきた・・・初めは情報収集か訓練か知らないが、非公式の極秘任務で派遣されたものと思っていた。

 しかし、任務での行動にしては度を越している・・・彼らは海外での武力行使の規定を、いとも簡単に破った。独自の意思で行動しているか、正規の組織でない、何らかの勢力が背後にいるということだ。

「たった22人で、何をやらかすつもりですか?」

 野口は、それを確かめるつもりで尋ねた。記憶が正しければ、前田は無謀なことをする男ではない・・・部下の安全を第一に考える、むしろ慎重すぎる男だ。

 何が彼を変えたのか知らないが、何かとんでもない企てに足を踏み入れようとしているのは確かだ・・・。

「それを知れば、お前は従うしかない。断れば、生かしておけないからだ。それでも話を聞くか?」

 それは脅しというより、どうしても野口を引き入れたい、強い意思の表れだった。前田は野口の事をよく理解しており、この戦場から連れ戻すことが容易でないことは分かっていた。

 真実を伝えれば、前田自身がそうしたように、野口も最終的には応じることに賭けていた。事実、野口は狙撃手として、この地で望みを果すことに限界を感じている。果てしない消耗戦で両国共に損害に辟易すれば、いずれ停戦の可能性も高まってくる。

 双方の国内事情から、停戦交渉が簡単にまとまるとは思えないが・・・義勇兵という奴は、和平が実現した途端、邪魔者扱いだ。

 この選択の機会を拒むほど、ここの将来は明るいものではない・・・野口はそう認めざるを得なかった。

「計画を聞いてから決めましょう。興味なければお断りします・・・その時は殺しますか?簡単に死ぬつもりはありませんが」

 野口がやっと銃口を下げると、前田の合図で兵士たちは銃を下した。友好的とはいえないが、再会の挨拶はこれで十分だった・・・。


 零下20度の暗闇を吹き荒れる雪は、廃墟と化した集落を覆い隠そうとしていた。倒壊しかけている、傾いた倉庫が彼らの隠れ家だった。屋根はめくれ上がり、壁は穴だらけだったが、そこそこの広さの地下室があった。

 僅かな明かりにともされた室内の奥に、きれいに並べられた五つの死体が横たわっている。レンジャー隊に射殺された、ロシア兵の屍だった。

 そのうちのひとつは重要な意味をもっていた。東洋人の顔をしたその死体の前で、前田は野口に説明した。

「名前はバイール・ドルジェフ上等兵、5人兄弟の三男で、イルクーツクが住所だ。ウクライナの任務を解かれ、極東に派遣される予定だった」

 野口はその死体に見覚えがあった。降伏しようとして、加藤に撃たれた男だ。それに身分証だけでは分からない情報を、前田は知っている・・・。

「初めからこの男を狙っていたようですね?タイミングよく待伏せできたのが不思議ですが・・・偶然ではないでしょう?」

「ロシア側に協力者がいる」

 前田はあっさりと明かした。野口は、想像以上に周到に準備されていることを知った。

「では、俺はその邪魔をしようとしたわけだ・・・関係のない、俺の動きまでは予想できなかったようですね」

「お前が近くに潜んでいることも分かっていた。野口が所属する特殊作戦軍も、俺たちに協力的だ」

 なるほど、外堀は埋められているようだ・・・野口は観念したように、苦笑いを浮かべた。ただ、仕事を受けるにしても、自分の流儀は崩されたくない・・・レンジャー隊と行動を共にするには抵抗があった。

 野口は、薄暗い室内を見渡した。取りつかれたように銃器と装備を手入れする兵士たち・・・彼らはもはや、自分の知るレンジャー隊員ではない・・・。

「俺は戦場ですっかり変わり果てたと思っていました。しかしあなた方よりはマシかもしれない・・・そう、ここの連中はまるで・・・」

 言葉を探す、野口に代わって前田が答えた。

「幽鬼・・・そう感じてくれれば、訓練の成果といえる。彼らは常に息をひそめ、気配を殺すよう鍛えられている。志を遂げる純粋な戦士として、信用できる者だけを集めた。時が来るまでは、誰にも悟られてはならなかったからだ。信用を失った者は・・・」

「人知れず、殺すのでしょう・・・」

 今度は、野口が皮肉を込めて代弁した。目の前の若者の死体と同じように・・・組織の都合で人を殺すことは、大義に反する殺人であると、野口は思っている。

「この男は、戦死ではなく、関係のない企ての犠牲者です。命乞いする者を殺さなくてはならない理由がありますか?」

「50人も殺したお前がそう言えるのは、殺人の定義を自ら明確にしているからだ。お前には人を殺す正当な理由が必要だ。故に集団に流されることを恐れ、単独行動を望む・・・俺はそれを否定しないし、何かを強制することもない」

 前田はその男の身分証を、野口に手渡した。

「このブリヤート人は死ななくてはならなかった。この男に成り代わって、お前がロシア兵として帰国するからだ。その後まもなく、交代要員として極東へ派遣される。ターゲットは、お前の任地へ視察に訪れる、ロシア軍のトップだ」

 野口は意表を突かれたように言葉を失った。軍のトップ?国防大臣か参謀総長・・・いや、大統領も軍のトップに変わりはない・・・まさか・・・。

「残念だが、大統領ではない。お前の想像する人物のどちらかだ・・・」

 野口は受け取った身分証を眺めている。そもそも、この男に成りすますなど、到底不可能に思えた・・・前田は構わず続けた。

「知っての通り、我々は装甲車両2台の偵察隊を全滅させた。彼らの上官は責任追及を恐れ、その事実をしばらく伏せる。ロシア軍の人員損失の情報共有ときたら実にずさんで、あると思っていた部隊が、丸ごと消えていることもある・・・お前は新たに編成される部隊に合流することになるが、このドルジェフ上等兵を知る者は誰もいない」

 少数民族に成りすますアイデアは良いが、野口はこの民族のことを何も知らない。

「疑われず、ロシア兵になれる訳ですね?俺はブリヤート語を話せませんが」

「話す必要はない。故郷に戻ることはないし、軍の同僚や元上官に会うこともない。派遣先の部隊にブリヤート人はいないし、むしろ片言のロシア語の方が好都合だ」

「ロシア語は多少なりとも話せますが、ロシアへは行ったこともありません。覚えることが多そうですね・・・まずは迷わないように、広大なロシアを移動できるかどうかです」 

「国境までは部下が案内する。辺境の地を少し歩くことになるが・・・協力者と落ち合えば、あとはその者が案内してくれる」

 そして最も重要なことを付け加えた。

「極東の最終目的地に着いたら、狙撃手として、大物を仕留めるのがお前の望みだ。しかしもうひとつ、我々に協力してほしい事がある・・・工作員としての仕事だ」

「まだ引き受けた訳じゃありません」

 野口は、再びレンジャー隊員たちに目を向けた。前田は彼らを信用できる、純粋な戦士と言ったが・・・洗脳された忠実なる兵士にすぎないのだ。彼らの目指す、何かがあったとしても、野口のそれとは全く異質のものに思えた。

 そして、彼らが自分の仕事にどう関わるのか気になった。

「それで、この連中の役割は?」

「俺たちは、本土に戻ってやることがある。この計画は、北方と中央に分かれ、お前とは別行動になるが、相互を補完する関係にある。お前が北方で、俺たちが中央だ」

 前田は、彼が応じない場合の処置を一瞬考えたが、それはあり得ない選択だと気付いて首を振った。

「やれるのはお前しかいない。見返りが欲しければ、今直ぐ言ってほしい」

「俺は、ひとりで獲物を追うハンターです。集団の企てに加担するのは、俺の性分に合わない・・・」

 一呼吸おいて、野口は結論を言った。

「でもやることにしました・・・幽鬼か幽霊か知りませんが、この部隊と一緒でなければ」


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