ならず者レンジャーの最期
市川陸将には、最後に向き合うべき重要人物がいた。しかし、気の進まない会見ではあった。彼と言葉を交わさずとも、結果は何ら変わることはないからだ。
言わば、理想に共鳴した同志への・・・。
「手錠は外して構わぬ」
警務隊員は中西の手錠を外し、退室した。中西は市川の顔を見るなり、絶望と怒りの入り混じった、奇妙な表情を浮かべた。
「何が起こったか、君は知りたいだろう」
「何が起こったかですって?あなたの野心で私が切り捨てられたのでしょう」
「君は私を信じていたかね?」
中西は鼻息で笑うだけで何も答えない。
「そう、馬鹿げた質問だ。そもそも信じているものが異なる。我々はお互いを利用した・・・そういう関係だ」
「否定はしません。そんなことはどうでもいい・・・私が知りたいのは『何故』です。こんなことをしなくても、予期せぬ抵抗にせよ米軍にせよ・・・何が起ころうと私の力で道は開けたはずです」
「CIA局員のハリー・ターナーは二重スパイ容疑で失脚した。当然君自身にも疑いの目が向き、米軍出動のきっかけになった」
ターナーは単なる情報提供者で、計画への関わりはほとんどなかった・・・と言いたいところだが、計画の情報を彼に流したのは事実だった。彼に裏の顔があったとすれば、中西に落ち度があったといえる・・・。
「それともうひとつ・・・君を切ったのは私じゃない、RHSだ」
中西はゆっくりと顔を上げた・・・驚いたというより、その意味が理解できなかった。
「私が構築したシステムですよ」
「君を排除するプランBが私の下へ届いた。RHSは生みの親であろうと、ユーザーに適さなければ抹殺する。驚くべき合理性で、既にユーザーとしての君の後継者まで指名している・・・公安庁の島津という男だ。私も君のように、いずれ抹殺されるかもしれないな」
96式装輪装甲車が10両、正門外に集結している・・・定員通りに隊員が乗り込んでいるとすれば120名の戦闘部隊になる・・・。
モニターで確認する加藤は首を振った。
「また突入するつもりのようです」
前田は不審に思った。何の工夫もなければ自殺行為でしかない。
「他に動きは?地下通路はどうだ?」
「封鎖したまま変化なしです」
「敵の狙撃手は?」
「どこにもいません。見つければ我が狙撃隊が射殺していますよ」
「用心しろ・・・必ず何かある」
偵察用ドローンが飛来した。最初は庭園上空をうろついていたが、本館に向きを変えるとすぐに撃墜された。
そして再びやってくる・・・今度は北門上空に現れたが、またもや狙撃手の的になり、空中でバラバラに飛び散った。
レンジャー狙撃班は腕を誇示するかのように一発で仕留めている・・・前田はそれが敵の作戦だと直感した。
「あのドローンは囮だ・・・狙撃班の位置を確かめている」
突如、加藤の監視するモニター三台がダウンした。
「くそ!カメラがやられました」
加藤は苛立ったように通信マイクをとった。
「狙撃班、なにをしている!カメラを銃撃した奴がいる!」
応答はない・・・加藤は通常の無線機で呼びかけたが返事はなかった。
前田と加藤は銃をとり、上へ上がることにした。どのみち地下指令室は目を奪われてしまっている・・・。
階段を駆け上がった前田は二階で足を止めた。装甲車のエンジン音が響き渡っている・・・旅団が突入を開始したことは明かだった。
前田は装甲車が続々と向かってくるのを認めた。しかし迎え撃つ対戦車誘導弾は一発も発射されない・・・。
「報告しろ!何故撃たない!」
加藤が無線機に怒鳴っていると、上から二名の隊員が駆け降りて来た。
「狙撃班、全滅です!」
装甲車が一階フロアに突っ込んできた。後部ハッチから陸自隊員が次々と飛び出している・・・レンジャー隊員の二名は階段の上から銃を構えた。
「狙撃手だ・・・」
前田は呟くように言った。
爆発音・・・レンジャー隊員は一階フロアへ手榴弾を投じた。それを合図に銃撃戦が始まった。
「残っている者は応答しろ!一階に敵が進入した!」
呼びかける加藤に、やっと応答があった。
「加藤三尉・・・無線を使ったら筒抜けですよ」
呆然とする加藤は、無線機を前田に手渡した。
「野口からです」
前田はそれを予想していたかのように頷いた。
「久しぶりだな、野口。お前が俺の部下たちを殺したか」
「はい、許しを請うつもりはありません。俺を恨んでください」
「何故おまえが?」
旅団の部隊は一階を制圧している・・・レンジャー隊員の一人が銃弾に倒れ、加藤が銃撃戦に加わった・・・。
野口はその理由を打ち明けた。
「俺はスナイパーを辞めるつもりでしたが、取引に応じて銃をとりました・・・ひとりの女スパイを助けるためです」
前田は笑った・・・予想もしなかった皮肉な結末に・・・。
一人のレンジャー隊員は射殺され、加藤も十発以上の銃弾を浴びた・・・倒れていく加藤を認めた前田は、粉々に砕かれた窓に向ってゆっくりと歩いた・・・。
「お前を選んだ俺が間違っていた。俺が見えるんだろ?撃つがいい・・・俺はならず者レンジャー隊長だ。お前と何ら変わらない・・・」
野口の銃弾は前田の心臓を貫いた・・・。
「終わったか?」
屋上から双眼鏡で眺める島津は、ライフルを片付ける野口に尋ねた。
「ああ、終わった。金輪際こんな仕事はご免だ」
「その銃の主、バートフとか言ったな?反政府組織なら死刑だろう?」
「多分な・・・アンナの組織は壊滅する・・・可哀そうだが」
「その女スパイはお前に感謝するのか?ひとりだけ助かって」
「恨まれるかもな。だが命があれば・・・いつか感謝されるかもしれない」
島津は苦笑した。
「命より信念じゃなかったのか?ともかく・・・うまくいくよう祈るよ」




