徹底抗戦
目前での人質の爆死・・・報道の通り、武装グループ側の仕業と考えるのが自然だった。しかし、この爆発事件に最も驚いたのは前田や加藤たち、レンジャー隊員だった。
「一体どうなってるんです!まるで俺たちが犯人扱いだ・・・」
「落ちつけ、加藤。何か裏がある」
説明がつかないこの事態を、前田は一つ一つを整理しようとした。
「辰巳一佐は死んだ。爆破の意図を知らなかったということだ」
「知っていれば外に立ちはしないでしょう」
「あれだけの大物を全員殺して誰が得をする?」
「政権を狙っている黒幕ですよ・・・米軍でないことは確かです」
「一つはっきりした事がある・・・我々の撤収計画が白紙になったことだ」
「辰巳一佐の死で?」
「彼も恐らくは殺された・・・旅団に」
「旅団を操る黒幕ですか?」
「初めから仕組まれていたことだ。人質の抹殺も、俺たちに撤収を命じて油断させることも・・・辰巳は口封じに殺された。俺たちとの関係を断つ為に」
加藤にもようやく事態が呑み込めてきた。
「俺たちに人質殺しの罪を着せた訳ですね・・・正義のふりをした誰かが」
「そうだ・・・そして口封じに抹殺する対象がまだ残っている・・・」
二人は顔を見合せた。響き渡る轟音で外が騒がしくなっている・・・。
「そう、俺たちだ」
轟音の正体はAH-64Dアパッチ・ロングボウの三機だ。編隊は降下し、至近距離から30mmチェーンガンを掃射する・・・防弾ガラスは吹き飛び、連続射撃で官邸全フロアの窓という窓は失われた。
一階玄関と優雅なエントランスホールは105mm砲の一斉射撃で破壊される。16式機動戦闘車は砲撃を繰り返しながら官邸正面から突入した。
旅団所属の狙撃隊はフロントヤード周辺に潜み、配置についていた。一斉攻撃のあと、反撃しようとするレンジャー隊員を狙い撃つ為だ。しかし血祭りにあげられたのは彼らの方だった。
どこから狙い撃たれたのか分からぬうちに、十名の狙撃隊は全滅した。先に彼らが排除されたのは、携帯式誘導ミサイルによる反撃の為だった。
官邸屋上から発射されたSAM―2はアパッチに次々と命中した。黒煙を吹きあげ庭園に墜落したヘリは破片と炎をまき散らした。
同様に被弾した一機は公邸に激突し、火災を生じさせる。残りの一機は正門付近の警察車両の列に突っ込み、大爆発が大勢の警官を巻き込んだ。
16式機動戦闘車は対戦車誘導弾であっという間に5両が炎上した。ハッチから火傷を負った数名が脱出しただけだ・・・後続の装甲車は慌てた様に反転した。
警察は人質の人命優先の立場から、攻撃の中止を第七旅団へ申し入れた・・・。
防衛省の一室に異色の顔合わせが実現した。市川陸将はプランBを完成させる為、目の前の二人の男に委ねるべきことがあった。
ひとりは公安庁の島津茂だ・・・元々敵対する立場にあったが、彼は中西陸将補に引導を渡す重要な役目を引受けた。
「君の追っていた事件だ。真相に迫った見返りに納得のいく役目を果たしてもらったつもりだ」
「解決したわけではありません。それに、あなたに協力を約束した訳じゃない・・・」
「ならば何と引き換えに君は動くんだ?命か?それとも信念か?」
市川は答えを待たずにもう一人の男に向き直った。野口和正・・・国後島で大いに働いた一流スナイパーだ。
「取引の為に共に戦った同志を切り捨てる・・・そんなやり方が許せないだろう?」
憮然とした顔の野口は吐き捨てるように言った。
「分かっているなら今からでも考え直せばいい」
「考えは変わらない。役に立つ連中ではあったが共存は出来ぬ。彼らとて我々を利用しただけだ。志が何であれ、武力集団というやつはいずれ統制が取れなくなる・・・我々にとって災いでしかない」
野口は立ち上がった。
「ならばここに来た意味がない。もう話すことはありません」
市川は人差し指を立てた。
「ひとつだけ・・・君の条件を飲めるかもしれない。但し、今から言う仕事を引受ければの話だ」
野口は立ち止まって振り向いた。横目で島津を見てひと言いった。
「俺は命よりも信念だ」
首相官邸は一見廃墟のように見えるが、中は頑丈なコンクリートで守られている。地下一階で指揮する前田は構内通信システムで損害を確認していた。
「こちら屋上、死者一名、重傷者一名・・・」
「こちら三階狙撃班、死傷者ゼロ」
「一階で死者三名・・・がれきに埋まっている状況です」
損害を集計した加藤はさほど悲観していない。
「六名の損害ですが、幸いトップ・スリーの狙撃手は健在です。彼らは三人で十人の狙撃手を仕留めましたから・・・」
前田は頷き、全隊員向けに訓示した。
「こちらは前田だ。見事な戦いぶりだった。敵の第一陣に大損害を与えて撃退した・・・もはや目の前にいる装甲旅団は我々の抹殺を目論む敵であり、決して容赦してはならない。我々が生き残る唯一の道は徹底抗戦のみと心得よ。以上」
大損害を受けた装甲旅団は簡単には攻めてこないだろう・・・しかしレンジャー隊員も残り十六名になった。
「誘導弾の残弾は?」
「対空が八、対戦車が二十です・・・もうひと暴れ出来ます」
「同じ攻撃を繰り返すとは思えないが、仕掛けてきたら勇気だけは褒めてやるさ」
徹底抗戦とはいえ、時間稼ぎに過ぎないことを二人とも理解している。
「口封じの為の抹殺・・・これまでの事をマスコミや警察にぶちまけたい心境です」
加藤の気持ちも分からないではなかったが、前田はこの一週間の間に重大な変化があったと見ていた。
「何年もかけて準備した計画だった。上層部に何かあったとしか思えない」
「防衛省の例の将官からは?」
それは暗に中西陸将補を示している。
「連絡はつかないままだ」
「いずれにせよ、我々は切り捨てられたんです。独自に動くべきです・・・例の事務官を利用して人質交換交渉をしてはいかがでしょう?」
「で、何を要求する?」
「逃走用ヘリに・・・陸自ではなく空自のヘリです。現金も要求されては?ひとり一億で計十六億円です」
「随分控えめな要求だな?」
「ヘリに積みきれませんから・・・行先は隊長殿がお考え下さい」
「南の島だな」
無論、不可能な会話をしていると二人とも分かっている。死に場所は既にここだと決まっているのだ・・・その前に裏切りの代償を十分に分からせるつもりでいた。
正門は墜落したヘリの残骸と破壊された警察車両でふさがっている。消火活動中の消防車の後ろに高機動車が停車していた。
「ここから先は進めません。徒歩でお願いします」
運転手の自衛隊員が便乗者の二人に言った。車を降りた公安庁の島津は、変わり果てた首相官邸の有様を眺めて驚愕する。
もう一人は車の中で狙撃銃を組み立てている・・・大型のライフルを肩にかけ、車を降りたのは野口だった。
「馬鹿でかい銃だな・・・いつもそんなものを使っているのか?」
「こいつは同志バートフの借りものだ・・・返す機会を失ったが」
二人は正門の外から廃墟のような首相官邸、炎上する装甲車の残骸を見渡している。
「レンジャー部隊隊長の前田栄一・・・事情聴取で一度会ったことがある。冷静な男と思ったが、派手に暴れているようだ。君はウクライナで一緒だったんだろ?」
「裏切者に思い知らせているだけだ。同じ立場なら俺もそうする」
遺体を担架で運ぶ陸自隊員たちが彼らの前を通り過ぎた。野口には撃たれた狙撃手だとすぐに分かった。
「部隊配置を誤るとこうなる・・・死体はもっと増えるだろう」
野口は無線機と双眼鏡を島津に手渡した。
「今日のあんたは俺の助手だ。一緒に来てもらう」
野口は正門と逆方向へ歩いて行った。後を追う島津は尋ねた。
「どこへ行く?」
野口は遥か遠方を見渡して答えた。
「連中の射程圏外から撃つ」




