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伏兵と裏切り

「仙台市北部の東北自動車で自衛隊どうしの発砲事件が発生した模様です」

 この詳細に触れなかった報道が、かえって世間の関心を集めることになった。首相官邸占拠事件に自衛隊が絡んでいることが公になったからだ。

 自衛隊のクーデター事件という可能性に人々が気付き始めた時、その続報は事件の方向性を誘導することになる。

「第七装甲旅団は防衛出動命令により、自衛隊反乱事件の鎮圧に向っていました・・・その途上で反乱部隊の一味と交戦した模様・・・」

 防衛省でその報道を知った中西陸将補は特に驚かなかった。東北道の戦闘は想定外だったが、防衛省の情報統制が機能し、中西のシナリオ通りに展開している。

 北方領土の事件はロシア側の沈黙と、海自の厳重なかん口令で明るみになっていない。領土奪還という事実は新政権の歴史的偉業として、然るべきタイミングで公表することになっている。

 装甲旅団の到着が大幅に遅れているが、今や市川陸将みずから陣頭指揮を執ることになった。レンジャーの精鋭部隊はただ彼らを待っていればよいのだ。

 それよりもRHSが中部方面隊の動きを封じていることが大きい。クーデター共謀の疑いがその根拠となっているが、第六師団の高田は裏切者の烙印を押された上、抹殺された。

 誰も同じ轍を踏もうとしないだろう・・・装甲旅団は何の妨害も受けずに国家の中枢を掌握する・・・市川なら必ずやってくれる・・・。

 中西が防衛省内の動きに神経をとがらせている時、新たな想定外の事態を報道で知ることになった。

「横田基地と厚木基地へ、沖縄から空路で派遣された第三海兵遠征軍が続々と到着しています。在日米軍報道官の発表です・・・『我々は不測の事態に備えねばならず、日本国内の一連の事件を注視していた・・・今が行動する時だ。我々は日本政府の要請で動いている・・・』」

 海兵隊の八輪装甲車が公道で堂々と列をなしている。空港、通信施設、政府庁舎・・・まるで装甲旅団の先回りをしているかのように。

 中西はその様子を映像で見ながら席を立った。

「米軍は介入しないはずだったな?日本政府の要請とは白々しい」

 ターナーへの電話は控えていたが、今はそれどころではなかった。

「要請があったのは間違いありません。我々の知らないところで何かが起きています」

 ターナーの声にも焦りが感じられる・・・。

「これは本格的な動員だ。君が知らないとなると事態は深刻だぞ」

「司令システムはRHSが掌握してるのでしょう?RHSを介さないとその要請も出せないのでは?」

「どういう意味だ?」

「RHSです・・・他に考えられません」

 ノイズ音でターナーの声がとまった。盗聴を疑った彼はそこで電話を切った・・・。

 中西が席に戻った時、突然五人のスーツ姿の男に取り囲まれた。警務隊員が後ろに立っていることから、防衛省が容認した行動であると中西は悟った。

 中央に立つ男が淡々と語った。

「我々にご同行願います。防衛省の許可は取っています」

 中西は座ったままその男を睨みつけた。

「それは私を逮捕するという意味かね?」

「本来、私にその権限はありませんが、特別にその許可を得ました」

「理由は?今は国家の一大事だ。君たちに付き合う暇などないが」

「その一大事を起こしているのはあなたです」

 中西は立ち上がり、このぶしつけな男と対峙した。

「君は何者だ?」

「申し遅れました。公安庁の島津と申します」


 首相官邸はおびただしい警察車両で取り囲まれているが、そこへ初めて自衛隊の車両が加わった。16式機動戦闘車が敷地に乗り入れた時、占拠していたレンジャー隊員たちは安堵の表情を浮かべた。それこそ彼らが待ち望んだ瞬間だった。

「第七旅団に間違いないな?」

 モニターを見つめる加藤に前田は尋ねた。

「間違いありません。白旗を掲げた隊員が歩いてきます・・・打合せ通りです」

 加藤の言う通り、正面玄関に向って非武装の陸自隊員が一人、歩いている。彼は何の妨害も受けず玄関からフロアに入り、レンジャー隊員によって前田のところへ案内された。応接室には前田がひとりで待っていた。

 前田は装甲旅団からの使者の顔を見るなり敬礼した。

「辰巳一佐みずからお越しとは」

「私はもう指揮官ではない。一週間も待たせて済まなかった」

「退屈なのでニュースばかり見てましたよ。計画通り進んでいないようですね?」

 クーデターの必須条件である重要施設の制圧を、彼らは何一つ達成できていない・・・前田の目にはそう映っていた。

「察しの通りだ。第六師団の抵抗と米軍の行動が全てを狂わせた」

 辰巳は率直に認めた。

「このままでは米軍に主導権を握られてしまう・・・連中が引き下がるには要求を受け入れるしかない。全く狡猾な連中だ。クーデターの意図を見抜き、我々の先回りをしている・・・」

「連中の要求とは?」

「総理と閣僚の解放・・・それだけだ」

 前田は首を振った。

「それを受け入れて、我々の目的が達せられますか?」

「計画を諦めてはいない。連中が行動する口実を封じるためだ。解放と見せかけて我々の監視下に置く」

「解放した後、我々に何をしろと?」

「任務はここまでだ・・・撤収してもらう。君たちの身分と安全は我々が保証する」

 前田は大きくため息をつき、頷いた。

「我々はテロリストではありません。人質は好きにして下さい・・・それからもうひとつ、我々はあなたと同様、命令通り動くだけです」


 96式装輪装甲車がバックで東側正面玄関に接近した。一階フロアに待機していた総理大臣と閣僚たちは、レンジャー隊員に促されて装甲車の後部ハッチへ向かった・・・。

 玄関の外側から、ひとりその様子を見守る辰巳が立っている・・・全員乗ったことを確かめると彼は手を振り出発の合図をした。

 前田と加藤はその様子をモニター室で眺めている。

「辰巳一佐の言葉を信じるんですか?」

「信用できる男だ・・・だが彼は旅団の使い走りにすぎない」

 装甲車は三十メートル進むと巨大な爆発で破片をまき散らし、炎に包まれた。爆風に巻き込まれた辰巳は、血だらけになりながら装甲車の残骸に駆け寄った。

 生存者は誰一人いない・・・内部からの爆発だと彼は悟り、呆然と周囲を見渡している。

 そして彼も息絶えて倒れた・・・。


「総理大臣と閣僚十一名の全員死亡が確認されました。装甲車内で爆薬が使われた可能性が高く、人質解放と見せかけて犯人グループが爆薬を仕掛けたとの指摘があります・・・歴史的大惨事はまだ終わっていません。武装グループは依然として官邸に立てこもり、官邸職員ら数十名が人質になったままです。尚、警察と自衛隊は今後の方針について、人命優先としつつも強行突入を排除しない構えです・・・」


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