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正義の戦い

 高速道路を飛ばし続け、島津と大塚は富谷市に入り、夕方までには陸自の大和田駐屯地へたどり着いた。

 司令部の高田一佐は彼らを招き入れるなり、矢継ぎ早に質問した。

「一体どうなっている?電話は不通、専用回線で問合せると、待機せよの一点張りだ。クーデターという非常時に防衛省は何をしている?」

 島津がこの駐屯地まで足を運んだのは、この高田という男に賭けるしか、現状打破への道はなかったからだ。この正義感の強い指揮官は必ず動くと踏んでいる・・・

「防衛省は何者かに乗っ取られ、誤った命令を出しています。クーデター側と通じているのです。唯一、動いているのは北海道の第七装甲旅団で、現在青函トンネルから車両を列車輸送しているところです」

「北海道の旅団が何故・・・」

「彼らもクーデター勢力です。レンジャー隊が首相官邸を抑え、主力部隊が主要拠点を制圧することでクーデターは完成するのです」

「何故誰も気付かない!」

「防衛省の何者かが、システムを通じて自衛隊をコントロールしています・・・気付いたときにはもう手遅れでしょう」

 高田は怒りをこらえながら尋ねた。

「で、公安庁の対策は?」

「彼らは高速道路から東京に向います。ここはその中間地点です・・・あなたの部隊で食い止めるか、無理な場合でも時間をかせいで頂きたいのです。時間がたつほどクーデター側に不利になります。すぐに出動できる戦力はどのくらいですか?」

 高田は考え込むように天井を眺めた。

「装甲車が8両に・・・」

「相手は200両を超える大部隊です・・・せめて戦車でもあれば、道路封鎖も可能では?」

「あることはある。モスボール保管前の整備中の6両が・・・実弾はあり、古い戦車だが優秀な指揮官を知っている」

「その方をすぐ呼べますか?」

「その指揮官が私だ」


 東北自動車道は全線に渡って封鎖されている。およそ680kmの日本最長の高速道路は第七装甲旅団の専用道路となった。

 青森インターにはパトカーに先導された装甲車の列が到着している。82式指揮通信車から辰巳一佐は各中隊長に無線で命じる。

「各車両は一列となり走行車線を一定速度で進むこと・・・」

 十キロに及ぶ車列を率い、辰巳はスケジュール通り全部隊を東京まで進めなくてはならない。少なくともそこまでは何の障害もないはずだ・・・重要なことは東京に展開後の、各部隊による重要目標の制圧・・・いや、表向きはその防衛任務であり、隊員たちもそう思っている。

 全てを終えた時、国民に対して重大な事実が公表される。クーデターはロシアによる侵攻作戦の一部であり、その企ては陸自が阻止したと・・・対ロシア防衛出動により、陸自と海自はそれを撃退し、ロシアの前進基地である北方領土を奪還したと・・・レンジャー隊員に証言させ、ロシアに取り込まれていた政治家、防衛省を含む官僚たちに汚名を着せ、ここに大粛清が始まる。ここまでくれば、一連の計画に関わった我々の身分が保証される・・・国の危機を救った者たちは指導的地位に就く権利を手にする。これが市川の言う「神国」復活の始まりとなるのだ・・・。

ゲートが一斉に開き、辰巳は命じた。

「前進!」


 同じ頃、およそ300km南の大和インターを封鎖するパトカー二台の前に、戦車と装甲車の列が現れた。先導する乗用車がパトカーの前で停止する。

 警官四名の前に島津と大塚、高田一佐と陸自隊員十数名が現れる。島津は警官に身分証を提示する。

「公安庁の島津です。国家の緊急事態に基づく任務遂行の為、ここを通して頂きます」

 警官たちは困惑したように顔を見合せた。

「ちょっと待ってください。本部に確認をとります」

 高田の合図で陸自隊員が一斉に警官隊を取り囲んだ。銃を突き付けられた警官たちは思わず両手をあげた。

「待てないし、情報漏洩は困る。やむを得ず、君たちを拘束する」

 そう告げた島津にその権限はないが、国家が機能不全に陥った今、強引にでも事を進めないと反逆者の思うつぼだ。島津はひと言付け加えた。

「正義は我々の側にある」

 高田の指示で陸自隊員らは警官隊を連れ去り、邪魔なパトカーを移動した。

「高田一佐、吉報です!」

 高田の副官が興奮した声で報告した。

「攻撃ヘリ部隊が我々の要請に応えました。我々の側につくそうです!」


 がら空きになった東北道を辰巳一佐の装甲旅団は快調に進んだ・・・大和インターの五百メートル手前までは。

 長蛇の車列は完全に停止し、辰巳は指揮通信車のハッチから身を乗り出し、双眼鏡で前方を見つめている。

 74式戦車6両が三角陣形で行く手を塞いでいる・・・その後方には装甲車が8両。

 先頭で指揮する戦車のハッチから、高田は顔を出した。彼は無線レシーバーから聞き覚えのある声を耳にした。

「こちらは第七装甲旅団の辰巳だ。我々はクーデター鎮圧命令に従い、出動している。速やかに道を開けるよう命令する」

「こちらは第六師団の高田だ。久しぶりじゃないか。内勤組だったお前が大軍を率いてクーデターか?似合わないからやめておけ。今引き返せば、命だけは助けてやる」

 島津と大塚は後方の脇に車を止め、対峙する自衛隊どうしを見守っている。

「にらみ合いだけでも十分な時間稼ぎになりますね?」

 大塚の意見に島津は首を振った。

「楽観的だな。奴らが黙って引き下がるわけがない」

 二人の頭上を、3機の攻撃ヘリが通り過ぎた。AH-64Dアパッチ・ロングボウは高田に加勢するように74式戦車上空でホバーリングする・・・そして辰巳の装甲旅団と対峙した。

「これでクーデターは失敗ですね」

 大塚は島津の顔を窺ったが、彼は厳しい表情で辰巳の部隊を見つめている。

 高田は無線で辰巳に呼びかけた。

「くり返す。直ちに引き返せ。さもなくば発砲する。これは脅しではない」

 それに呼応するかのようにアパッチは辰巳の指揮通信車に向って降下する・・・すると突然、ヘリは180度向きを変え、辰巳の装甲旅団の上空から高田の戦車隊に機首を向ける・・・搭載する対戦車ミサイルは74式戦車へ向けられている・・・。

 気楽に見物していた大塚は、その信じられない光景に目を疑った。

「ど、どういう事でしょう?まさか敵に寝返ったのでしょうか・・・」

 島津はその答えを教えた。

「初めから奴らも一味だったということだ」

 確かに、辰巳はこのヘリ部隊を知ってはいた。北海道の演習に参加し、乱暴な操縦を池田が罵ったほどの荒っぽい連中だ。

 辰巳は高田に対し、初めて応答した。

「高田一佐、これ以上の妨害行為は反逆とみなし、実力を行使する」

 劣勢を認めざるを得ない高田は、振り向いて部下たちの表情を窺った。長年この戦車とともに鍛え上げられた精鋭部隊・・・信頼する彼らの意志を尊重しようと。

 ある者はこぶしを振り上げ、ある者は敬礼して最後の決意を示している・・・思った通り、彼らは正義を捨てて引き下がる連中ではなかった・・・高田は部下たちの覚悟を十分理解した。

 高田は低空から威嚇する、目障りなアパッチに12.7mm重機関銃M2を向けた。

「辰巳、反逆者とはお前のことだ。全自衛隊を欺き、国を裏切り、支配者になりたがるとんでもない悪党だ。お前の部下たちは知っているのか?知っていれば共犯だが、知らなければ裏切者の汚名を着せられる可哀そうな連中だ・・・」

「黙れ!」

 たまりかねた辰巳が高田の言葉を遮った。

「最後の警告だ。直ちに道を開けろ!お前を撃ちたくはない!」

 高田は機関銃のボルトレバーを引いた・・・。

「交渉決裂だ」

 12.7mm重機関銃は火を吹き、アパッチの装甲版に火花を散らした。アパッチはヘルファイア対戦車ミサイルを放ち、三列目の74式戦車を火だるまにする・・・高田は105mm砲で16式機動戦闘車を撃ち抜いた。

 別の16式機動戦闘車が前面に展開し、74式戦車と同じ火力の105mm砲で応戦する・・・。

「やめろ!撃つな!」

 辰巳はこのような同士討ちなど望んでいなかった。無意味な流血の惨事どころか、たとえ戦いに勝っても、戦車のような重量物の撤去にはかなり手間がかかる・・・。

 攻撃ヘリは容赦なくありったけの火器で攻撃している。次々と被弾する戦車と装甲車がいたるところで燃え上がった。

 黒煙に覆われた戦車部隊から高田の74式戦車が飛び出した・・・105mm砲で辰巳の指揮通信車を狙っている。

「高田!やめろ!もう終わっている・・・無益な戦いだ」

「終わってはいない・・・お前を殺せば終わる!」

 高田の通信はそれが最後だった。16式機動戦闘車の一斉射撃が、74式戦車へ次々と命中弾を浴びせた。

 大爆発で砲塔が吹き飛ぶ74式戦車・・・退役後に初めて実戦を経験し、指揮官とともにその生涯を終えた・・・。

 高田部隊の全滅を見届け、攻撃ヘリは姿を消した。辰巳は燃え上がる残骸を目の当たりに、ただ茫然とするだけだった。


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