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奇襲上陸

 ロシアにとって、自国の海域で起きたこの由々しき事態に、弱腰の態度では国の威信に関わる。戦争も辞さない態度で軍を動員しつつも、国後島の狙撃事件がロシア国防相を揺るがしていた。

 そして国後島には更に大きな事件が待っていた・・・。

「警報!日本海軍の船だ!」

 ユジノ・クリリスクで港湾の警備兵が電話に叫んだ。空母に似た大型艦が二隻、水平線に突如として現れた。

「旭日旗」を翻した「しもきた」と「くにさき」が親善目的でやってきたはずがない。入港予定リストにその船の名はないのだから・・・。

 海岸一帯は無防備と言ってよかった。ほとんどのロシア兵は狙撃事件のテロリスト捜索に駆り出されている。

 港湾の外れの基地に地対艦ミサイル「3K60バル」の発射ユニットが一台ある。車輪は故障で動かず、発射台も水平に固定したままで海に向けられている。

 まともな発射ユニットとミサイルはほとんどがヨーロッパへ転用されている。ウクライナへの攻撃に欠かせないこの兵器が絶望的に不足しているためだ。

 発射要員はお偉方の無能さを罵りながら、なんとか配置についた。一キロ先に浮いているトロール船のはるか向こうに、二隻の「敵艦」を確認し。ターゲットに設定する。粗悪品の発射台であろうと、アクティブ・レーダー誘導でミサイルは目標を捕らえる・・・。


 野口にとって、船上からの狙撃は予想以上に厄介な仕事だった。サーシャはバートフを責めるように言った。

「もっと近付けないの?」

「これ以上は無理だ。狙撃がばれたらすぐに追手がやってくる」

 スコープの標的が上下に揺れている。この距離なら、動いている標的でも命中させる自信はある・・・安定した射撃姿勢であればの話だ。心臓の鼓動や、僅かな呼吸までも集中力の妨げになる・・・野口はトリガーに指をのせたまま、十字のレティクルを上下する目標のタイミングを見計らった。

 更に悪いことに、発射孔が二基あるのが問題だ。たて続けに発射されれば、二発目を撃ち漏らすことになる。

 「しもきた」と「くにさき」は速度を落とさずに向かってくる・・・被弾すれば、沈没を免れても上陸作戦が頓挫する可能性が高い・・・バートフとサーシャは今更ながら無茶な賭けであることを悟った。

 スコープに閃光のような発火を捉えた瞬間、野口はトリガーを引いた・・・そしてすぐさまボルトを引き抜く。

 大爆発で発射台の破片が舞い上がった。炎の混じった噴煙とともに・・・。

「命中だ!」

 バートフは飛び上がって喜んだ。しかしそれも束の間・・・噴煙の中からミサイルが飛び出し、うなりを上げてトロール船の真上を飛び去った・・・爆発の前にもう一発が発射されていたのだ・・・。

「おい!行っちまったぞ!」

 バートフは叫んだ。

「あれが精一杯だ。こんなに揺れる船の上じゃ・・・」

 その時、野口は異変を感じ、上空を見上げた。二つの光が尾を引きながら飛来している。内陸から打ち上げられた、別の対艦ミサイルだ・・・。

 野口は困惑するバートフを睨みつけた・・・しかし今更慌ててもどうにもならない。三人は「しもきた」と「くにさき」めがけて集まっていく三発のミサイルを呆然と見つめた。

 一発目が「しもきた」を捉え、必中のコースを辿る・・・。

 両艦に搭載された、ファランクス20mm機関砲の合計4基が、一斉に火を吹いた・・・命中!

 一発目は、「しもきた」前方二百メートルの距離で空中爆発した。二発目は「くにさき」右舷前方で撃墜される・・・三発目は「くにさき」上空で爆発し、破片をまき散らした。

 黒煙を通り抜けると、「くにさき」は無傷であることが分かる。

「損害は無いようだ」

 双眼鏡で確認したバートフが言った。

「わざわざ俺たちが手出しするまでもなかった」

 バートフは皮肉まじりに言ったが、ホッとしたように汗をぬぐった。

「非武装の輸送船ならアウトだ」

 二隻は一見空母にも見える輸送艦だが、名目上は護衛艦だった。

 トロール船は自衛艦が接岸する予定区域へ針路をとった。次の任務は二隻の接岸を誘導し、上陸を援護することだ。この任務には、別行動のバートフの部下たちが加わる。

 ロシアの軍用トラックが、港に集まり始めた。小規模な歩兵部隊が展開するものの、武器は小銃のみで重火器は皆無だ。

 繋留する海軍の警備艇二隻に、慌ただしく水兵が乗り込んでいる。搭載する機関砲が港を守る最大の武器といってよい。

 大型艦の接岸できる箇所は限られている。自衛艦による上陸の意図に気付いたロシア軍は、トラックを並べてバリケード代わりにしている。

 事実、二隻の輸送艦はエアクッション揚陸艇を使わず、艦尾ゲートから直接揚陸する作戦だった。安全な港が前提だが、遥かに効率が良く、バラストポンプで艦尾水深を調整する程度でよい。

 バートフたちのトロール船は輸送艦に発光信号を送り、上陸地点へ誘導する。とうとう彼らはロシア軍に気付かれ、陸地から銃撃を浴び始めた。

 一時沖合に退避したトロール船は、「くにさき」とすれ違う。海自からの発光信号による返信・・・野口は理解できなかったが、その内容は「我突入す」だった。

「くにさき」を先頭に港へ接近すると、警備艇と陸上のロシア兵がこの大型艦に銃撃を始めた。「くにさき」はUターンで向きを変える前に、唯一の武装で反撃する・・・ファランクス二基の一斉射撃で、警備艇二隻は引き裂かれ、たちまち沈没する。

 次に狙われた地上のロシア軍は、車両を棄てて一目散に退避する。並べられたトラックは次々と20mm弾を受け、原形をとどめぬ程までに破壊される。

「くにさき」は方向を変え、艦尾から接岸する態勢になる。敵の銃撃が止むと、トロール船は「くにさき」の要請で艦首左舷側に船体を接触させ、「くにさき」の接岸を補助する。

 元々想定されていた事態で、それなりの船舶を選んだつもりだったが、専用のタグボートより推進力不足は否めない・・・トロール船は最大出力で激しく振動し、船体が分解しないか心配される程だった。

「くにさき」の艦尾ゲートが開き、第一陣の10式戦車が国後島の地に降り立った・・・日本の軍用車両がこの地を踏むのは実に85年ぶりだ。

 10式戦車の列はトラックの残骸を押しのけ、制圧目標の軍事基地や行政庁舎に向う。占領要員を乗せた高機動車、トラックが後を追っていく。

「くにさき」に続いて「しもきた」の陸揚げで、全部隊の上陸が完了する。

 仕事を終えた野口、バートフ、サーシャたちは酷使を続けたトロール船で接岸し、やっと上陸した。

 陸自の隊長、池田が彼らを出迎えた。池田にとって相手は陸自を退官した「契約者」であり、意識的に上官口調を避けた。

「野口さん、あなたの働きには感服しました。祝勝会でも開きたいところですが、今はそれどころではありません」

 野口は一応敬礼して尋ねた。

「俺の契約はここまでです」

「その件は後でお話しましょう」

 池田は敬礼し、足早に部隊を指揮する戦車へ戻っていった。

 野口は振り向き、バートフとサーシャに別れの挨拶をしようとした。

「まだ契約は終わっていないわ」

 サーシャが言うと、バートフも頷いた。野口は首を振って言った。

「狙撃は成功し、俺は目的を果たした。君たちの協力には感謝するが、俺もそれなりの事はしたつもりだ」

 今度はバートフが首を振った。

「あんたは国防大臣を殺しちゃいない」

 真顔で言うバートフに、野口は苦笑して答えた。

「俺は経験者だから分かる。スコープではっきりと見届けた・・・あれで生き延びていたら、人間とは別の生き物だな」

「だから、違うんだ・・・」

 バートフはきまり悪そうに、言葉を選ぼうとしている。

「その・・・あんたが撃ったのは国防大臣じゃなかった」

 野口の表情がみるみる険しくなった。

「ならば俺は誰を撃った?」

「囮だ。危険を感じる時、奴らが使う手で・・・あんたの国でいう影武者というやつだ」

 野口はサーシャを睨んだ。

「君も知っていたのか?」

 サーシャは頷いた。

「知っていたわ」

「じゃあ本物の大臣はどこにいる?」

「あなたは既に、一度見てるわ・・・あの船の上で」

 野口は思い出した・・・バートフたちが捕らえたロシア軍の高官たち・・・口枷で顎を固定され、両手を縛られた七人がタラップから降りて来た・・・。

 野口は悟ったように、大きくため息をついた。

「初めから騙していたのか?」

「より大きな力を得るためよ。あなたが囮を撃ったおかげで、本物の大臣を捕らえることができた・・・目立たないよう、僅かな護衛だけで逃げようとしていたの」

 バートフは野口を説得するように、その理由を雄弁に語った。

「もう大臣を殺そうなどと思わないでくれ。これは俺たちが力を得る大きなチャンスなんだ。ロシアには我々の同胞の多くが捕らえられている。大臣と交換し、全員を無事に釈放させる・・・そしてこの地に呼び寄せ、ここが我々の拠点となる。無論、領土はあんたたちの国のものだ。我々がこれまで通り活動できるよう、便宜を図ってくれればいい・・・必要であればあんたの国に協力する。これはアンナの考えで、あんたのボスも知っている」

 野口の表情を窺うサーシャは、彼が信念を曲げないことを知っていた。そしてこの一か月で、彼の考えが変化していることにも気づいていた・・・。

「俺は本当のボスを知らない・・・だが、そんなことはどうでもいい。組織の捨て駒になるのはご免だ。俺が撃ったのはどんな奴か知らないが、同じ捨て駒だ」

 もはや野口は国防大臣に関心など無かった。一刻も早く、このどうでもよい騙し合いから身を引き、どんな組織であれ二度と関わりをもたない・・・そう思った。

 

 ロシア軍はテロリストを追っていたのではなく、国防大臣を血眼になって探していた。その隙を突いて池田の部隊が上陸し、無抵抗の重要拠点をやすやすと占領する。反政府組織はロシア政府に対し、国防大臣と軍の高官を人質にしたことを伝えた・・・。

 ロシア軍にはなすすべもなかった。池田はロシア軍の空路の撤退を促す為、空港の占領は最後までとっておいた。

 全ては事前の計画通り進んだ・・・これまでのところは。


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