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北方へ集結せよ

 護衛艦「しらぬい」は、停船命令を無視し続けるロシアの警備艦を散々追い回し、サハリン西岸沿いを遠慮なしに全速で追跡していた。

 ついにはロシア軍の怒りを買い、サハリンから飛来した戦闘機が低空飛行で「しらぬい」を威嚇する・・・。

 その直後にクーデター事件が発生し、全自衛隊に向けて緊急指令システムが発動された。

 その正式命令で、哨戒任務中の護衛艦は全て北方へ針路を変えた。目的はRHSによる情報分析に基づく、ロシア海軍と空軍の脅威に対する予防措置とされた。

 当然、ロシア海軍もその動きに反応する・・・北へ向かう護衛艦隊を、「しらぬい」を援護する増援部隊と判断した。

 千島列島付近を航行中の駆逐艦は、ロシア海軍の命令を受け、本来の哨戒ルートを外れてサハリン南西へ向かった。

 更にウラジオストクの太平洋艦隊が、大挙して出撃する事態になる・・・。

 いみじくも有馬艦長が予想した通り、ロシア軍はこの陽動作戦に引っかかった。

 

 同じタイミングで、根室半島沖の「しもきた」と「くにさき」に命令が下った。戦車隊長の池田は、尉官クラスの各隊長を作戦室へ緊急招集しなければならなかった。

「行き先が変更になった。我が隊は古釜布へ向かう・・・言うまでもなく国後島の港町だ」

 一瞬、その場が凍り付いた。誰もが無言で池田の顔を窺っている・・・そしてやっと理解した。もはや冗談ではなくなったのだ。

 真剣な顔で池田は付け加えた。

「これは訓練ではない」

 その目的を説明する極秘の通達を、彼らは現実のものとして受け入れた・・・それはロシアの極東攻勢における戦略分析と、その対抗策である。

 ・・・我が国は、戦後最悪の危機に直面している。クーデターにより総理大臣、防衛大臣らは捕らわれの身となった。

 日本の国防における文民統制は厳しく、この状況では指揮命令系統に致命的な穴があく。自衛隊は反乱鎮圧という、内向きの防衛出動は、かろうじて可能である。

 反乱側の全体像がつかめない現時点において、強力な北海道の主力部隊投入が最も有効であり、クーデター勢力の拡大に備え、国家の主要機関を守ることとする。

 しかしながら北海道の守りは弱体化せざるを得ない。冷戦時代、予想される脅威としてソ連軍が樺太を経由し、稚内へ上陸すると想定していた。いまやそれが現実のものとなる可能性が高い。ロシアが攻勢にでる兆候が、いくつも確認されている。これはクーデター事件と無関係ではない。

 何故今になってこのような事態が起こったのか?

 戦いに行き詰った時、別の角度から突破口を見出そうとする戦略的思考は、今も昔も変わらない。過去のドイツはイギリスとの海を隔てた戦いに行き詰まり、誰も予想しなかったソ連との戦いに踏みきった。

 日本も中国との戦いに行き詰まり、アメリカに戦争を仕掛けた。何れも地政図を塗り替えるための奇策であり、一見無謀にもみえるこの危険な賭けこそ、誤った自信から合理性を見失う典型的な戦略家たちの常である。

 ウクライナとの戦いに行き詰ったロシアは、地政図を塗り替える大胆な賭けにでようとしている。アメリカは本国を除き、世界最大の米軍基地を日本に抱えている。ロシアが日本を支配下に取り込む瞬間、アメリカは太平洋の支配権を失う。韓国、台湾に独自の抵抗力はなく、中露の勢力圏に加わらざるを得ない。

 それは軍事力バランスの劇的変化に留まらない。ここに東アジア巨大経済圏が生まれ、未開のシベリアを含む豊富な資源は、技術支援国の参加より驚異的な発展の可能性が高まる。富と力を得れば、ヨーロッパで思い上がったNATOの勢力圏を、再び旧ソ連時代まで押し戻すこともできる・・・。

 以上がRHSの情勢分析であり、日本にとって最悪のシナリオと言えるが、同時にRHSは最適な対抗策を示していた。

 しかし、これは自衛隊を動かすための、架空シナリオの一部にすぎなかった・・・。

「ロシアの侵攻作戦を阻止する為、先手を取って国後島を掌握する。断っておくが、ここは日本固有の領土であり、侵略ではない」

 池田はあえて強調した。

 ロシアにとって、国後島が陥落すれば、次に択捉島が危険にさらされることになる。たとへ北海道侵攻部隊がサハリンへ集結したとしても、千島列島奪還のために北海道を諦めざるを得ない。島民1万9千人は全てロシア国民なのだ。

「これは奇襲作戦の為、敏速な行動が要求される。我々を守る護衛艦はいない・・・彼らは樺太の西側で、ロシア海軍と空軍を一手に引き受けている。それに上陸目標には、我々を援護する友軍がいるらしい」


 三つ目の命令は、市川旅団に下った。

「装甲部隊は東京へ急行し、クーデター勢力を封じ込めること」

 わざわざ北海道の部隊を動員するのは、クーデター関与の可能性が低く、戦力が本州の部隊を圧倒していることにあった。

 実行部隊は辰巳一佐が指揮する。16式機動戦闘車を主力に、96式装輪装甲車、89式装甲戦闘車、これに高機動車と輸送トラックが追随する、総勢250両の大部隊だ。

 戦車部隊は温存された。ロシアの上陸に備える名目よりも、池田戦車隊の増援部隊として待機しなくてはならなかった。このことが後に微妙な影響を与えることになる・・・。

 出発に先立ち、辰巳一佐は見送りに来た市川陸将に挨拶をした。

「手はず通り、最善を尽くします。しかし、我々の意図が防衛省に知られた場合・・・」

 辰巳が懸念していることを、市川はよく理解していた。

「妨害されるだろう。だからこそスケジュールの遅れは許されない」

「妨害を受けた場合ですが・・・」

「反乱に加担する者として対処しろ。でなければ、何も知らない部下たちは戦わぬ」

 そう・・・隊員たちは真実を知らされず、国を脅かす反乱勢力から国を守るための出動と思っている。

 辰巳は、少なくともその事態だけは避けたいと願った・・・。


「しらぬい」から逃げ回っていたロシア警備艦は、援軍が来ると分かり、勇気づけられたように反転した。今度は「しらぬい」が停船命令を受ける立場になった。

 上空を旋回するSU-35戦闘機は、「しらぬい」に最大限の警告をする。

「レーダーロックオンされました!」

 SU-35は、空対艦ミサイルの発射態勢に入っている。川中副長は青ざめた顔で有馬艦長に伺いを立てた。

「どうしますか?深追いしすぎたのでは・・・」

 有馬は窘めるように言った。

「我々は規定に基づいて停船命令を発した。従わないロシア側の責任とは思わないのか?」

「はい、それはそうですが、今に始まったことでは・・・」

「今が問題だ」

 有馬は艦内放送のマイクを取り、隊員たちに重要な事実を伝えた。

「本国からの正式命令だ。現在ロシアの艦隊がこの海域に集結しようとしている。その目的は、我が国に対する侵攻作戦の支援であると判断された。行動可能な我が護衛艦隊がこの海域へ急行している。最前線に位置する本艦の役割は極めて重要だ。訓練の成果を見せる時だ・・・」

 それを裏付けるように、レーダー員はロシア艦隊の動きを探知した。

「ウダロイ級駆逐艦二隻、南東より接近中!」

 マイクを置いた有馬は、山中に問いただした。

「停戦命令に従って、奴らに頭を下げるか?」

 山中の迷いは消え、引き締まった顔で答えた。

「冗談ではありません!ロシアのレーダー照射は宣戦布告に等しい暴挙です。厳正に対処すべきです!」

 有馬は頷き、命令した。

「対空戦用意!対艦誘導弾準備!」

 最も重要なのは、ロシアの艦艇を一隻たりとも東へ向かわせないことだ・・・有馬は最初からそれを狙っていた。

 RHSとその戦術を共有し、各護衛艦へ指示が出される。ウラジオストクから順次繰り出される太平洋艦隊を抑えるために・・・。

 八百トン級のロシア警備艦は、追い回された仕返しとばかりに、五千トンの級の「しらぬい」に威嚇射撃をした。それは文字通りの「威嚇」であったが、破片の一部が「しらぬい」をかすめた。

「しらぬい」は臨戦態勢にあり、既に発砲許可が下りている。戦端を開くに十分な敵対行為である・・・。

 有馬は直ちに命令した。

「発射!」

 対艦ミサイルが勢いよく上空へ打ち上げられる。弧を描く弾道は、ロシア警備艦を完全にロックしていた。

 慌てた様に翼を翻すSU-35に、ファランクスの20mm弾二百発が撃ち込まれた。SU-35は焔に引き裂かれたように四散し、海面へ落下した。

 同時にロシア警備艦の艦首中央に、艦隊艦ミサイルが突き刺さった。内部で爆発した衝撃で艦首はもぎ取られ、一分と経たないうちに船体は波間に消えていった・・・。


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