殿下、テストは不合格でございます
婚約者から男を略奪しようとしていた女性が実は…?な話を思いついたので。
娯楽でもあり、令嬢令息達の婚活の場でもある舞踏会は一種の異様な雰囲気に包まれていた。
この国の王子であるコンスタンティンが親しくしている令嬢を虐めたとして、己の婚約者を公衆の面前で糾弾するという暴挙に出たのだ。
突然の出来事に皆驚き、殿方の腕にしな垂れかかる元凶の令嬢を非難の目で見る。しかし彼は気付く気配もなければ、令嬢の方は明らかに周囲の視線を全く意に介していなかった。
心ある者はさぞや屈辱であろうと婚約者であるアデレードに同情した。何処の馬の骨とも分からぬ娘に婚約者を奪われ、挙句衆目に晒されるなんて気の弱い者なら首を吊っていても可笑しくない。
また悪意ある者はこれ幸いとばかりに嘲笑した。男を引き留められない彼女が悪いのだとあげつらい、良い話の種だと今後の展開を嬉々として傍観する姿勢に入る。
「成程。そこに居るジェーン嬢に嫌がらせをしたとして、殿下は私との婚約を破棄すると。異存はございませんか?」
「くどい!泣いて謝ってももう遅いぞ!」
アデレードは念を押して確認する。それを悪事がバレて焦っているのだと判じたコンスタンティンは声高に吠えるが、その瞬間甘えるようにすり寄っていたジェーンが唐突に腕を離した。
「テストはこれにて終了です。お疲れ様でございました、アデレード様」
「いえ、貴女もお疲れ様です」
なんと男を巡って敵対し合っていた筈のアデレードとジェーンが互いに労りの言葉をかけたのだ。しかも彼女の口から出た「テスト」とは、どういう意味だろうか。
「ジェーン……?テストって一体何の事だ?」
「申し訳ございません。口止めされておりますのでお答えはできかねます」
戸惑うコンスタンティンにジェーンの態度は素っ気ない。猫撫で声も鳴りを潜め、先程まで放っていた甘い雰囲気も無い。佇まいは恋人ではなく一臣下として弁えたものだった。
ガラリと変わってしまった雰囲気に周囲は勿論、コンスタンティンも困惑する。
「ハハハ……。ジェーン、どうしたんだ?冗談はよせ。アデレードとの婚約は破棄された。俺達は一緒になれるんだぞ?嬉しくないのか?」
「申し訳ございません。コメントは控えさせて頂きます」
丁寧にお辞儀しながらも拒絶する姿勢に、コンスタンティンに焦りが見え始める。
予想していた展開とまるきり違う。彼の中では今頃、アデレードは嫌がらせの罰として惨めに退場し、自分達は手を取り合って喜び周りも祝福しだす。気を利かせた楽団がお祝いの曲を奏で始め、ジェーンを婚約後のファーストダンスに誘う予定だった。
ところが、折角アデレードと婚約破棄を果たしたのに彼女は嬉しくなさそうだった。それどころか自分に何の感情も抱いていないようである。
どういう事だ。一体彼女はどうしたんだ。
その時婚約破棄を突きつけられたにも関わらず、何を考えているのか分からない顔で平然としているアデレードが目に入った。
「さてはお前だな!?お前がジェーンに何かしたんだろう!?」
ひどい言いがかりだが謎の会話をしていたことといい、無関係ではないと踏んでいた。奇しくもそれは当たっていたが彼が思うようなものではない。
呆れの視線さえ含み始めるアデレードの様子に憤慨したコンスタンティンが掴みかかろうと一歩踏み出そうとする。だがそれよりも先にジェーンの、平坦でいて有無を言わせない声が彼を呼び止めた。
「どうやら殿下はご乱心のご様子。暫くお部屋で休まれてはいかがでしょうか」
何故か彼女の言葉に騎士達がサッと彼の両脇を固めると、丁寧だが彼の言葉に一切耳を貸さず強引に連れて行ってしまった。
その様子を見届ける彼女達の視線は白けたもので余計に周囲を混乱させる。アデレードは至極当然として、少なくともジェーンには奪い取った男を退場させる理由など無い筈なのに。
極僅かな人間を除いて誰も彼もが展開についていけずに呆けていると、入れ替わるように国王が入室する。我に返った面々が慌てて礼をする中、ジェーンも自然な動きで卒のないカーテシーを披露した。
「では私はこれにて下がらせて頂きます」
王子を誑し込んだ悪女から、一気に得体の知れない女へと変貌したジェーンが退出の挨拶をする。国王にとって息子と令嬢の仲に罅を入れた彼女は頭の痛い存在であるだろうに、彼女に向けた顔に負の感情は無い。
「ジェーン嬢、今までご苦労であったな」
「勿体無きお言葉」
ここで勘が良い者はアデレードと国王、そしてジェーンの間で何らかの取り決めがあったと気付いた。恐らく3人にとって今日までに至る事全てが茶番だったのであろう。
気付いた上で言わぬが花と口を噤ぐ者、状況が分からず混乱する者。多くの謎を残したジェーンは去り際にアデレードと挨拶を交わし消えて行った。
国王は仕切り直しなのか、1つ咳払いをすると明るく笑いながら謝罪を述べる。
「皆の者混乱させてすまないな。コンスタンティンとの婚約を解消したのは確かだが、新たにエドワードと結び直したのだ。それをどう勘違いしたのか分からんがあの馬鹿が妙な事を口走ってしまってな。どうか気にせんでくれ」
国王が言うこの場合の「気にするな」とは先程の一連の出来事は口に出すなという意味である。
その後新しい婚約の前祝いとして舞踏会は再開された。アデレードと親しい者は、以前からコンスタンティンよりも第二王子のエドワードの方が相性が良いと感じていたので、無理矢理退場されたコンスタンティンの事は気になりつつも素直に2人の婚約を祝福した。
一方アデレードと敵対する者も何処で国王の手の者が聞いているか分からない中で陰口を叩く度胸はない。内心で舌打ちしつつも表面上はにこやかに彼女に祝いの言葉を述べる。
アクシデントこそ発生したが舞踏会自体は無事に終了し、間もなくしてアデレードとエドワードの婚約が正式に交わされた。
それと同時にコンスタンティンは国王の怒りを買ったとして、王籍を除籍の上に一代限りの爵位と小さな領地を与えられ、今後二度とそこから出る事が叶わなかった。
そして謎の女ジェーンだが、奇妙な事に例の舞踏会の以後で姿を見かけた者は誰も居なかった。それどころかどの書類にも彼女の存在を証明する記録が無く、彼女の正体は依然として謎のまま人々の間で噂をされ続け、後に身元不明人の意味を表す「ジェーン・ドウ」という言葉が生まれるのだが余談である。
種明かしをすると、コンスタンティンはあの舞踏会での婚約破棄の宣言までずっとテストをされていた。
なぜそれに至ったのかは彼の厄介な性質にある。彼は惚れやすい上に周囲の人間の言う事に直ぐ影響されてしまう、為政者としては困った悪癖を持っていた。
それが惚れた人間の言葉なら尚の事。アデレードが「自分の考えや意見を持て」と何度も諌めても改善する気配は無く、鬱陶しいからと余計に婚約者を遠ざける始末だった。
王族の元に女を送り込み、間接的に政治を意のままに操ろうとするのは野心の高い貴族が取る常套手段だ。このまま立太子させても良いものか不安に思った国王は、アデレードとその家族に事前に通達した上であるテストを実行した。
その内容とは、彼の好みのタイプの女が自分の婚約者の悪事を告白した際、どのような対応を取るかである。
国王は早速ハニートラップが得意な影の女性達を招集させ、その中から一番彼好みの容姿をした女性に、偽の身分を与えて接触させたのだ。それがジェーンである。
予想通りぞっこんとなったコンスタンティンは婚約者を放っておいて四六時中ジェーンにべったりになった。アデレードが心無い者達から惨めだと嘲笑されていたのも恐らく知らないのだろう。
そうして恋にのぼせ上がった彼に、ジェーンは少しずつアデレードから嫌がらせを受けていると嘘を零していった。
これでアデレード本人に直接問いただしたり、聞き込みをして真偽を確認する素振りを見せていたらまだ救われたのだが、残念ながら彼はジェーンの言葉を頭から信じてしまった。
更には人に嫌がらせするような女は国母として相応しくないと怒り心頭の様子で。ジェーンから報告を受けた国王は全てを諦めて秘密裏にアデレードとエドワードの婚約を推し進めた。
エドワードの最初の婚約者は2年前に病で亡くなり、その後の縁談は保留となっていた。だからこそ出来た措置だった。
万が一コンスタンティンが婚約の解消を申し出た場合は、速やかに彼の廃嫡とエドワードの立太子を行う手筈となっていたが、あろうことか彼は舞踏会の数日前に婚約破棄を宣言するとジェーンに打ち明けたのだ。
これが本当ならばとんでもない事だ。穏便な手段を選んでいれば廃嫡はするがそれなりの暮らしを約束していたのに、よりによって私刑を行おうなどとは。
アデレードが決定的な言葉が彼の口から出るまではと、とりなして舞踏会当日になったのだが結果は見ての通り。彼女も宣言の際は諦念の目で見ていたので大方予想はしていたのだろう。
テストの結果が出た以上、ジェーンが彼の傍にいる必要は無い。アデレードの名誉を守る為にわざと謎めいた言葉を残して退場して行ったのだ。
結果は勿論不合格、それどころかマイナスもいいところだ。万が一何処かの女性と子を儲けても爵位が受け継がれないよう一代限りの爵位とし、領地も当初の予定の土地ではなく、王子であった頃には考えられないような貧乏暮らしを強いられる貧相な土地を与えた。勿論彼女への慰謝料を支払わせた上で。
辺鄙な土地に追いやられたコンスタンティンは監視と不遇な生活の中で次第に人々から忘れられていった。そしてアデレードは次の年にエドワードと結婚し、仲の良い夫婦として周囲に微笑ましく見守られる日々を送ったのである。




