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初雪

◇◆◇◆


 ────皇室主催のパーティーに出席から、約一週間……私は何事もなく、過ごしていた。

シルバーとヴァイオレットの授業を受けたり、精霊達と遊んだり、カーティスと食事したり……と、実に充実している。

なので、すっかり帝国のことなど忘れていた。


「────あれ?なんか、降ってきた」


 マーサや精霊達と一緒に裏庭を散歩していた私は、頭上を指さす。

そして、頭に乗った……いや、溶けた何かを手でペシペシと叩いた。


「雨……にしては、降るスピードがゆっくりだね」


 精霊達の発する光を頼りに、降ってきた何かを分析する私は『なんだろう?』と首を傾げる。

すると、隣に立つマーサがクスリと笑みを零した。


「奥様、これは────雪ですわ」


 そう言って、手のひらを上に向けるマーサは『ご覧ください』と促す。

と同時に、降ってきた何かが彼女の手に落ち、ジュワリと溶けた。

まるで、氷のように。


「これが雪……」


 感嘆にも似た響きでそう呟くと、私は目を輝かせた。

既に液状と化した雪と現在進行形で降り注ぐ雪を交互に見つめ、手袋を外す。

どんな感触なのか自分の手で確かめようと、私は雪を掴んだ。


「あれ?柔らかい?」


 てっきり氷のような感触だと思い込んでいた私は、衝撃を受ける。

と同時に、雪で濡れた手をまじまじと見つめた。


「大抵の雪はこんな感じですよ。積もったり、凍ったりすれば話は別ですが……また、(ひょう)(あられ)と呼ばれる硬いものもたまに降ってきます」


 『気候的にここではあまり見られませんが……』と言いつつ、マーサは私の手に手袋を嵌める。

『冷えないように』と気を使ってくれているのか、わざわざ火の精霊を呼び寄せた。

かと思えば、私の手にピッタリくっつける。

おかげで冷えた指先が温もりを取り戻した。


「ふ〜ん?雪にも色々あるんだね」


 手の甲に張り付く火の精霊を撫でながら、私は相槌を打つ。

そして、徐々に白くなっていく裏庭を見つめていると、マーサが口を開いた。


「この分だと、明日の朝には一面真っ白になってそうですね。皆の都合が合えば、雪を使って遊びましょうか」


 以前交わした約束を覚えていたのか、マーサは『雪合戦でもやりましょう』と笑う。

実に魅力的な提案に、私は目を輝かせ、『うん』と頷いた────翌日。

念願叶って、皆で遊べることになった。

いつも、執務室に籠っているカーティスやクロウも外に出てきて、裏庭の様子を眺めている。


「これはまた……随分と積もったね」


「ええ、雪の量を気にせず遊べそうです」


 『各種目ごとに配分する必要があるかと心配していましたが……』と、クロウは零す。

真面目で几帳面な彼らしい指摘に、カーティスは苦笑を漏らした。

『楽しめれば、それでいいじゃないか』と呆れる彼を前に、私はゴソゴソとイヤーマフラーの位置を調整する。


「そういえば、お仕事は大丈夫なの?最近、ずっと忙しそうにしていたけど」


 今更ながら仕事の邪魔になってないか気になり、私は質問を投げ掛けた。

すると、カーティスは一瞬キョトンとしたような表情を浮かべる。

────が、直ぐに表情を取り繕った。


「あぁ、仕事は大丈夫だよ。最近、忙しかったのは完全に別件というか、個人的なことだし……」


「ちょっと他国の王族と文通していただけです。大したことではありません」


 しどろもどろになるカーティスに代わり、クロウが説明を施す。

ニコニコと笑いながら、『これ以上はプライベートなので』と話を打ち切った。

かと思えば、見事真っ白になった裏庭に目を向ける。


「それより、初雪を楽しみましょう。せっかく、皆で遊べることになったんですから」


 『時間が勿体ない』と述べるクロウに、私は首を縦に振った。


「そうだね。早く遊ぼう」


 元々そこまで深く聞くつもりのなかった私は、あっさり引き下がる。

すると、カーティスはあからさまにホッとしたような表情を浮かべた。


「えっと……それじゃあ、まずは何をしようか。何かリクエストはあるかい?」


「う〜ん……あっ、雪だるま作ってみたい。本で見たの」


 『丸くて大きいんだよ』と説明する私に対し、カーティスはスッと目を細める。


「雪だるまか。いいね。そうしようか」


「んじゃ、誰が一番大きい雪だるまを作れるか競おうぜ!」


 途中で会話に乱入してきたシルバーは、『もちろん、俺様が一番だけどな!』と胸を張った。

かと思えば、こちらの返事も聞かずに雪へダイブする。


「ちょっと、シルバー!待ちなさい!」


「待って堪るか!こういうのは、早さが重要なんだぜ!」


 ヴァイオレットの制止も無視して、雪を掻き集めるシルバーは勝負に燃えているようだった。

誰も競うつもりはなさそうだが……。


「申し訳ございません、ティターニア様……」


「ううん、別にいいよ。それより、私達も雪だるま作ろう」


 困ったように眉尻を下げるヴァイオレットに、私は手を差し出す。

ついでにカーティスの手も掴んで、真っ白な大地に飛び込んだ。


「「うわっ……!?」」


 突然のことに驚いて声を上げるヴァイオレットとカーティスは、雪に顔を突っ込む。

その途端、あちこちから笑い声が上がった。


「ぶははははっ!吸血鬼(ヴァンパイア)のくせに揃いも揃って、何やってんだよ!だっせぇ!」


「ふっ……くくくっ!最強種族を意図も簡単に転倒させるとは……ティターニア様は天才ですね」


 人目も気にせず大爆笑するシルバーと違い、何とか笑いを噛み殺すクロウは手で口元を隠す。

────が、笑っているのは丸分かりだった。

だって、肩が不自然に揺れているから。


「「……」」


 笑いの種となってしまったカーティスとヴァイオレットは、ムクリと起き上がる。

髪や服に付着した雪を払い、無言で雪を手に取ると、静かにこね始めた。

『何をしているんだろう?』疑問に思う中、二人は拳サイズの雪の塊を作り上げる。

そして────シルバーとクロウに、その塊を投げつけた。


「うふふふっ。雪に関連する遊びといえば、雪合戦ですわよね」


「いや、今は雪だるまを作る時間だろ!?何でいきなり、雪合戦になるんだよ!?」


 満足そうに微笑むヴァイオレットに対し、シルバーは反論を口にする。

顔面に命中した雪の塊の残骸を拭きながら。


「確かにそうだね。でも────作業を邪魔しちゃいけない、なんてルールはないだろう?勝負なら、ライバルを蹴落とすのは当たり前のことだ」


 シルバーの反論を潰すように、カーティスはそれらしい理由を並べた。

すると、クロウが眉を顰める。


「ちょっと、カーティス様。それはさすがに横暴じゃないですか?」


 『勝手にルールを追加するなんて……』と非難しながら、クロウは顔に付着した雪をハンカチで拭いた。

赤くなった鼻をズズッと啜る彼の前で、カーティスはニヤリと笑う。


「なら、やり返せばいいじゃないか」


「おや?いいんですか?後悔しても、知りませんよ?」


「器物破損と死者さえ出さなければ、何でもいいよ。思う存分、掛かっておいで」


 挑発を挑発で返すカーティスは、『久々に全力でぶつかり合うのもいいだろう』と述べる。

────と、ここでマーサが私の身柄を確保し、そそくさと隅っこへ移動した。

精霊達も同様にカーティス達から、距離を取っている。

『そんなに警戒するようなこと?』と不審がる私を他所に、クロウは身を屈めた。

足元にある雪を掻き集め、両手に乗せると、グリグリと押し潰すように捏ねる。

そして、一つに固まった雪の塊を────


「では、遠慮なく」


 ────と言って、カーティスに投げた。

が、あっさり避けられ、ちょうど後ろに居たシルバーに命中する。

これを皮切りに、カーティス・クロウ・シルバー・ヴァイオレットの戦いが始まった。

雪だるまそっちのけで雪の塊を投げ合う彼らは、瞬く間に雪まみれに。

でも、誰一人として手を止めなかった。


「ねぇ、マーサ。あれって、雪合戦だよね?」


「えっと……まあ、そうですね。普通はあんなに激しくありませんが」


 残像すら見えないほどの白熱ぶりだからか、マーサは困ったように眉尻を下げる。

爆風とも言える衝撃波を受けながら、呆れたように笑った。

かと思えば、ゆっくりと丁寧に傍の雪を寄せ集める。


「私達は今のうちに雪だるまを作ってしまいましょう。せっかくだから、一番の座を貰うのもいいかもしれませんね」


 シルバーの発案で始まった勝負を話題に出し、マーサはニッコリと微笑む。

『力を合わせれば、きっといいものが作れますよ』と述べる彼女に、私は頷いた。


「一番大きくて、立派な雪だるまにしよう」


 『私が下の段を作る』と言い、足元の雪に手を伸ばす。

マーサの作業をじっくり観察して真似する中、精霊達があちこちから雪を掻き集めてきた。

それらも有り難く使わせてもらい、大きな玉を作っていく。

皆で力を合わせたからか、玉はあっという間に大きくなり、私の身長くらいになった。


「上手に出来ましたね。そろそろ、私のものと合わせてもいいですか?」


 少し離れた場所で作業していたマーサはコロコロと玉を転がしながら、こちらへやってくる。

彼女の膝あたりまである玉を前に、私は手を止めた。


「いいよ。でも、もっと大きくしなくていいの?」


「ええ、このくらいあれば充分ですよ」


 『むしろ大きすぎるくらいです』と述べるマーサに、私は更なる質問を投げ掛ける。


「一番になれる?」


「もちろん。あちらはもう雪だるまを作る気力もなさそうですから」


 そう言って、マーサはカーティス達の居る方向へ目を向けた。

すると、そこには────力尽きて寝転がる四人の姿が……。

全身雪まみれで真っ白の彼らは、こちらの視線に気がつくと、慌てて身を起こした。


「てぃ、ティターニア達はもう完成間近みたいだね……!」


「よ、良ければ手伝いますよ……!」


「最後の仕上げくらい、やらせろ!」


「『やらせてください』でしょう?というか、勝負はどうしたの?」


 カーティス、クロウ、シルバー、ヴァイオレットの順番で言葉を紡ぐと、全員立ち上がった。

そして、私達の元へ駆け寄るなり、二つの玉を合体させる。

さすがにこのまま何もしないのは、不味いと判断したのだろう。


「おい、口と目はどうするんだ?」


「小枝や葉っぱで代用すれば、いいんじゃない?」


「なら、私が取ってきます」


「じゃあ、僕は厨房から人参を取ってくるよ。鼻の代用品として、よく使うだろう?」


 材料の調達を申し出たクロウとカーティスは、急いで目的地へ向かった。

かと思えば、五分と経たずに戻ってくる。それぞれ、目当てのものを持って。


「お待たせしました」


「あとは頼むよ」


 入手した素材をシルバーとヴァイオレットに手渡し、二人は私の後ろに回った。

きっと、気を使ってくれたのだろう。前に立ったら邪魔になるから。


「おう!あとは任せろ!」


「精いっぱい頑張りますね!」


 小枝や人参をそれぞれ手に持つシルバーとヴァイオレットは、上の段の玉と睨めっこする。

雪だるまの顔を作る作業だからか、いつになく慎重だった。

ああでもないこうでもないと言いながら微調整を繰り返し、ようやく手を止める。


「よし、完成だ!」


「どうぞ、ご覧ください」


 こちらを振り返るシルバーとヴァイオレットは、サッと横に捌けた。

と同時に、完成した雪だるまが姿を現す。


「本で読んだ雪だるまと全く同じだ。凄い」


 僅かに声を上擦らせる私は、初めて見る雪だるまに感動した。

キラキラと目を輝かせる私の傍で、カーティス達も『素晴らしい出来だ』と絶賛する。


 皆で作り上げたから、今回は全員優勝になるのかな?

まあ、何でもいいけど。

だって、凄く楽しかったから。

また来年もこうやって、皆と遊べるといいな。


 満足感や達成感で満たされる私は、僅かに頬を緩めた。

────これからも皆でたくさん思い出を作りたい、と思いながら。

最後までお読みいただき、ありがとうございました┏○ペコッ

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