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絶望《ノクス side》

◇◆◇◆


 終わった……これで何もかも、おしまいだ。


 飛び去っていく馬車を見送り、立ち竦む僕は不安と恐怖に(おのの)いた。

一体これからどうすればいいのか分からず、ただただ空を眺める。

黒とは程遠いソレが残酷なほど現実を物語っていて、『夢じゃない』と認めざるを得なかった。


 僕達は大公に……史上最強の吸血鬼(ヴァンパイア)に見放された。

いや、それだけじゃない……この世で最も尊き存在を手放してしまった。


「知らなかった……じゃ、済まされないよね」


 『参ったな』と零す僕は、上辺だけで判断してきた過去の自分を恨む。

『何故、こうなる可能性を考えなかったのか』と自責し、項垂れた。

これ以上ないほどの絶望を味わいながら、僕はシーンと静まり返るパーティー会場を見回す。

────と、ここで朝日を怖がる民の声が微かに聞こえた。

その途端、貴族達は息を吹き返したかのように顔を上げる。


「あっ、えっと……もうパーティーをするような雰囲気ではありませんし、これで失礼しますね」


「わ、私も……」


「じゃあ、僕もこれで……」


 口々に別れの挨拶を言う貴族達は、そそくさと退散しようとする。

どうやら、協力して危機を乗り越える気などないらしい。

愛国心の『あ』の字もない彼らの態度に、僕は半ば呆れつつ口を開く。


「待って。パーティーは中止で構わないけど、幾つか言っておくことがある」


 観音開きの扉へ向かおうと背を向ける貴族達に、僕は制止の声を掛けた。

────が、彼らは顔をこちらに向けただけで止まろうとしない。

一分一秒でも早く領地へ帰りたい、という気持ちが透けて見えた。


 はぁ……全く、それでも帝国貴族なの?

緊急事態だからある程度仕方ないとはいえ、もう少し落ち着きを持ってほしいよ。

まあ、それは────無言で固まっている父上や母上にも当てはまるけど。


 『帝国のトップなんだからしっかりしてくれ』と思いつつ、僕は言葉を紡ぐ。


「今日、見聞きしたことは他言無用で頼むよ。あと、出入国もしばらく制限するから。各自領地で大人しく、待機しているように」


 『今後の対応については後日知らせる』と言い、話を締め括ると、貴族達は顔を見合わせた。

かと思えば、互いに頷き合い、声を張り上げる。


「わ、分かりました!」


「もうすぐ冬ですし、領地に引きこもっておきます!」


「それでは、ごきげんよう!」


 会釈程度に頭を下げると、貴族達は脱兎の如く逃げ出した。

やがて会場内は皇族だけとなり、シーンと静まり返る。

何とも言えない気まずい空気が流れる中────父は膝から崩れ落ちた。

それに続くように母も蹲り、嗚咽を漏らして泣き始める。

このどうしようもない現実を悲観し、絶望しているのだろう。

────と、ここで姉が沈黙を破る。


「もう……!何なのよ……!?あんなゴミが利権者とか、始祖返りとか……訳分かんないわ!」


 せっかくセットした髪をグシャグシャと掻き回し、姉は苛立たしげに顔を顰めた。

かと思えば、力任せに飾りのリボンを引きちぎり、思い切り床に叩きつける。

癇癪を起こした子供のような態度に、僕は内心ゲンナリしつつも一先ず好きにさせる。

姉の言動は逆上そのものだが、気持ちは痛いほどよく分かるから。


 とはいえ、いつまでも落ち込んだり、苛立ったりしている訳にはいかない。

これからのことを考えないと。


「三人とも、落ち着いてください。一度冷静になって、話し合いましょう」


 意気消沈している両親と暴れ回る姉に声を掛け、僕は出来るだけ冷静沈着に振る舞う。

『自分まで平静を失ったら終わりだ』と思いながら。

指先の震えを誤魔化すように強く手を握り締める中、姉は勢いよくこちらを振り返った。


「はぁ!?こんな時に落ち着いていられる訳ないじゃない!私達、あのゴミにしてやられたのよ!?この屈辱にどうやって耐えろって、言うの!?大体……」


「────いいから、とにかく落ち着いて!」


 八つ当たり気味に文句を並べる姉に対し、僕は思わず大声を上げる。

すると、姉が一瞬怯んだ。

その隙を狙って、僕は更に捲し立てる。


「僕達に残された時間は、あまり多くない!一時的に出入国を制限することで情報拡散を防げるけど、それにだって限界はある!周辺諸国にこの事態を知られるのも、時間の問題だ!だから、今のうちに身の振り方を考えないと!」


 『屈辱とか、そんなの気にしている場合じゃない!』と叱りつけ、僕は唇を強く噛み締めた。

そうしないと、不安に押し潰されて泣いてしまいそうだったから。

目尻に滲んだ涙を袖で乱暴に拭い、僕は一度深呼吸する。

そして、何とか落ち着きを取り戻すと、呆気に取られている姉達と向かい合った。


「とりあえず、結界を解除した経緯や理由については『大公の提案で警備の仕方を変えただけ』と説明しましょう。とにかく、大公に見捨てられたという事実を隠すんです。周辺諸国に対しては、特に……もし、知られたら一巻の終わりだと思ってください」


 いつもより低い声で警告を促し、僕は三人の危機感を煽った。

────が、両親は既に戦意喪失しているようでただ下を向くだけ。

『じゃあ、一緒に頑張ろう』とは、どうしても思えないようだ。

唯一の救いは姉が落ち着いて、こちらの話を聞くようになったことくらいか……。


「状況は大体、分かったわ。でも、具体的にこれからどうするのよ?」


「出来るだけ多く時間を稼いで……その間に大公を説得するか、新しい守護者を見つけるかの二択だね」


 まあ、大公の様子を見る限り説得は無理そうだし、実質一択だけど。


 とは言わずに、姉の反応を窺う。

『選択肢が少なすぎてまたヒステリーを起こすんじゃないか』と身構えるものの……彼女は案外冷静だった。


「そう。それで、ノクスはどうするのが一番だと思う?」


「そう、だね。えっと……大国の庇護下に置いてもらうのが、一番だと思うよ。政治的にも、武力的にも……その代わり、属国という立場になっちゃうけど」


 淡々とした様子の姉に戸惑いながらも、僕は自論を並べる。

すると、姉は否定も肯定もせずにただ相槌を打った。


 思ったより、反応が薄いな。

姉上のことだから、『誰かの下につくなんて死んでも嫌!』って喚くかと思ったのに。

姉上なりに自分の立場と状況を理解して、我慢しているのだろうか?


 などと考えているうちに結論が出たのか、姉はふと顔を上げた。


「とりあえず、ノクスの案で行きましょう。私も頑張って、手伝うから……一緒にこの危機を乗り越えるわよ」


 どことなく真剣味を帯びた瞳でこちらを見つめ、姉はスッと手を差し出す。

苦渋の決断だっただろうに……それを感じさせないよう、必死に感情を押し殺していた。

僅かに震える手を前に、僕は玉座の後ろから飛び出す。

そして、迷わず姉の手を取った。


「うん。一緒に頑張ろう」


 ────と決意したのが、今からちょうど半月前……。

僕達の努力も虚しく、ガブリエラ帝国から宣戦布告を受けていた。

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