罰
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────私はそれから一週間ほど、みっちりピアノの練習に励んだ。
マーサとヴァイオレットの二人掛かりで教えてもらったおかげか上達は早く、『青空に願いを』なら完璧に弾けるようになった。
他の曲もゆっくりであれば弾けるし、連弾だって出来る。
マーサやヴァイオレットの実力にはまだ及ばないが、滑り出しは好調と言えよう。
少なくとも、『才能がない』と嘆いて匙を投げるほどじゃなかった。
この調子で頑張れば、難しい曲も弾けるようになるかな?
などと思いながら食堂へ行くと、そこには既にカーティス達の姿があった。
『お疲れ様』と労いの言葉を掛けてくれる彼らに、私達は礼を言い、席に着く。
すると、シルバーがこれみよがしに溜め息を零した。
「あ”〜〜〜!やっと、終わった!事情聴取、長すぎだろ!何回、同じこと言えばいいんだよ!」
ここぞとばかりに愚痴を零すシルバーは、テーブルに突っ伏す。
『疲れた』とアピールする彼を前に、カーティスとクロウはやれやれと肩を竦めた。
「僕達だって、事情聴取がこんなに長引くとは思わなかったよ」
「シルバー様の証言が毎回少し違うから、事実確認をしなくてはならなかったんです」
「ンなもん知るか!自分の発言なんて、いちいち覚えてられねぇーよ!」
『同じこと言ってほしいなら台本でも作れよ!』と叫び、シルバーはムッとする。
余程、事情聴取が気に食わなかったらしい。不満を募らせているのは、私でも分かった。
この一週間ずっとイライラしていたから、息抜きと題して何度か一緒に遊んだけど、不満を相殺するのは無理だったみたい。
まあ、事情聴取に掛けた時間の方が圧倒的に多いから仕方ないか。
「あっ、そういえば────結界を解除した疑いは晴れたの?」
「ああ、バッチリな!あとはティターニアを攫った分の罰を受けて、終わり!これでようやく家に帰れる!」
素朴な疑問を口にした私に、シルバーは得意げに語る。
先程までの態度が嘘のように明るくなり、溢れんばかりの笑みを零した。
わざわざ尋ねずとも、『嬉しい』と思っているのは伝わってくる。
「こんな地獄みたいなところとは、もうすぐおさらばだぜ」
『今日中にここを発ってやる!』と意気込むシルバーに対し、私は相槌を打った。
「そっか。じゃあ、シルバーとヴァイオレットにはもう会えないんだね。ちょっと残念」
『せっかく仲良くなれたのに』と零す私は、別れを惜しむ。
でも、二人を引き止める訳にはいかないため、素直に現実を受け入れた。
本当はもっと一緒に居たいけど、大公領の今後に関わるような人達だから……しょうがない。
『ワガママを言うべきじゃない』と自分に言い聞かせる中、シルバーとヴァイオレットは顔を見合わせる。
また、カーティス達もアイコンタクトを送り合い、それぞれ頭を悩ませた。
何とも言えない雰囲気のまま沈黙が続く中────カーティスが口火を切る。
「大丈夫だよ、ティターニア。シルバーもヴァイオレットもまだ屋敷に居るから。少なくとも、君が一人前のレディになるまでは」
「どういうこと?罰を受けたら、もう帰っちゃうんじゃないの?」
『聞いていた話と違う』と指摘し、私は首を傾げた。
すると、カーティスはニッコリと微笑む。
「いや、『罰を受けたら帰る』という言葉に嘘はないよ」
『当初の予定と変わらない』と話すカーティスに、私はますます混乱した。
頭の中にたくさんの『?』マークを思い浮かべながら、言葉を紡ぐ。
「なら、やっぱり直ぐに帰っちゃうんじゃ……」
「いいや、そうはならないよ。だって、シルバーには罰として────ティターニアの家庭教師を務めてもらうからね」
『住み込みで働くことになるから、しばらく一緒だよ』と、カーティスは説明してくれた。
目から鱗の処罰内容に、私は衝撃を受ける。
『罰=痛くて苦しいこと』という前提を崩され、動揺を隠し切れなかった。
『こういう方法もあるのか』と考える中、シルバーは椅子の背もたれに寄り掛かりニヤリと笑う。
「んじゃ、姉貴はピアノの講師だな」
「えっ?私も……!?いや、まあ別にいいけど……ティターニアは教え甲斐があって、楽しいから」
まさかの巻き添えをくらったヴァイオレットは困惑するものの、すんなり承諾してくれた。
『貴方の奏でる音楽が好きなの』と照れ臭そうに明かす彼女の姿に、私は目を見開く。
ピアノの技術面を褒められたことは何度もあったけど、こんな風に『好き』だと言われたことは一度もなかった。
たまたま、ヴァイオレットの趣向に合っただけだろうけど────そう言って貰えると、嬉しい。
ポカポカと温かい気持ちになり、浮かれる私はスッと目を細めた。
喜びに浸る私を前に、カーティスはゆるりと口角を上げる。
「じゃあ、決まりだね。雇用条件や部屋割りなどの細かいところは、後でクロウと話し合ってくれる?僕はパーティーの準備で、ちょっと忙しいから」
『そっちまで手が回らない』と明かすカーティスは、困ったように眉尻を下げた。
『申し訳ない』と謝罪する彼を前に、私はふと疑問を口にする。
「パーティー?開くの?ここで?」
「ううん。僕は出席する側。普段は招待されても断るんだけど、今回はちょっと用事があってね」
『どうしても行かないといけないんだ』と述べるカーティスは、どこか緊張している様子だった。
使命感にも似た感情を出す彼の前で、私はパーティーに関する知識を振り返る。
「ふ〜ん。なら、私も出席する」
「「「え”っ……?」」」
軽い気持ちで参加を申し出ると、カーティス・クロウ・マーサの三人が変な声を出して固まった。
一気に凍りついた空気を前に、私は首を傾げる。
『あれ?何か変なことを言ったかな?』と。
でも、特に思い当たる節はない。
『急だったから驚いただけ?』と考える中、カーティスが何とか平静を取り戻した。
「い、いやティターニアは屋敷で待ってて」
「何で?」
「何でって、そりゃあ……」
頬を引き攣らせながら言い淀むカーティスは、頬から顎にかけてツーッと冷や汗を流す。
言葉を探すように右へ左へ視線を移し、グッと口元に力を入れた。
まるで何かを隠すような仕草に、私はますます疑問を感じる。
「『そりゃあ』、何?」
「それは、えっと……」
返事らしい返事を口にしないカーティスは、困った様子で目を逸らす。
『出来れば、隠し通したい』という意志を感じる態度に、私は一つ息を吐いた。
「言いたくないなら、言わなくていいよ。でも────あんまり隠し事はしてほしくない」
『無理強いはしない』と明示しつつも、自分の希望を伝える。
すると、カーティスは驚いたようにこちらを見つめた。
かと思えば、何かを躊躇うように強く目を瞑る。
壁際に控えるクロウやマーサも同様に、迷いを露わにした。
そしてたっぷり三分ほど押し黙ると、互いに顔を見合わせる。
何かを決意したらしい三人は誰からともなく頷き合い、こちらに向き直った。
「分かった。正直に話そう」
神妙な面持ちでこちらを見据え、カーティスはピンッと背筋を伸ばす。
どこか張り詰めたような雰囲気を放ちながら、ゆっくりと口を開いた。
「ティターニア、実はね────そのパーティーというのが、皇室主催なんだ」




