合流
えっ?どういうこと?あっ、シルバーが私を攫ったから?
それであんなに怒っているの?
カーティスの言動や今の状況から正解を導き出し、私は『そういう事か』と一人納得する。
────と、ここでカーティスは光の玉みたいなものを空へ打ち上げた。
『なんだろう、アレ』と疑問視する私を他所に、彼はこちらへ歩み寄ってくる。
そして私の隣に並ぶと、そっと肩を抱き寄せてきた。
「怪我はないかい?シルバーに酷いこと、されなかった?」
「大丈夫。何もされてないよ。ただ、少しお話ししていただけ」
先程とは打って変わって心配そうな雰囲気を漂わせるカーティスに、私は素直に答える。
『本当に無傷だ』と証明するため、その場で一回転してみせるものの……カーティスは別のことに意識を持っていかれているようだった。
「お話……?もしかして、何か吹き込まれたのかい!?だとしたら、教育に悪いな……!シルバーは粗暴で短気で野蛮だから!」
『あいつの言うことは信じちゃダメだよ!』と熱弁するカーティスは、必死の形相で詰め寄ってくる。
私の肩に両手を置き、『目を覚ますんだ!』と唱え続けた。
そんな彼を前に、シルバーは堪らずといった様子で声を荒らげる。
「おい、待て!俺様のことをなんだと思ってやがる!ガキ相手にホラ吹いて、喜ぶほど落ちぶれちゃいねぇーよ!」
『名誉毀損だ!』と叫ぶシルバーは、影に捕らえられた状態でギャーギャーと騒ぐ。
『凄い元気だな』と半ば感心する私を他所に、彼は身を捩った。
「無知なティターニアに色々教えていただけだ!お前の心配するようなことはしてねぇって!だから、いい加減これを外してくれ!そろそろ、骨が折れそうだ!」
『あと、内臓も潰れる!』と苦言を呈するシルバーに対し、カーティスは眉一つ動かさない。
意外と疑り深い性格なのか、それとも怒りが収まらないのか、影を解こうとはしなかった。
苦しそうに顔を歪めるシルバーの前で、私は『大丈夫かな?』と思案する。
微かに聞こえる骨の軋む音を聞き流す中────一人の女性がシルバーの元へ駆け寄った。
「────もうこれ以上、弟を傷つけないでください!探し人は無事見つかったのですから!」
シルバーを背に庇う形で両手を広げる彼女は、キュッと唇に力を入れる。
思わず飛び出してしまったものの、本当は怖くてしょうがない……といった様子だった。
それでも、絶対に退かないのはシルバーを想ってのことだろうか。
あれ?もしかして、この人────シルバーのお姉さん?
彼女の言動から正体を暴いた私は、まじまじと顔を見つめた。
血色の悪い肌と引き攣った頬を凝視し、『具合悪そうだな』と呑気に考える。
初めて見る女性体の吸血鬼に興味津々な私を他所に、カーティス達はどんどん話を進めていく。
「確かに……ティターニアを無事保護出来たのはヴァイオレットのおかげだ。シルバーを解放しよう。ただし────」
そこで一度言葉を切ると、カーティスは真っ直ぐに前を見据えた。
「────罰はしっかり受けてもらうよ。君の要求はあくまでシルバーの罰を軽くすることであり、無罪放免じゃないからね」
「お、お言葉ですが……!先程の攻撃でシルバーはかなりダメージを負っています!よって、罰はもう充分かと!」
震える体に鞭を打ち、反論する女性はギュッと胸元を握り締める。
不安と恐怖を体現するように腰は若干引き気味だが、決して逃げようとしなかった。
強固な姿勢を見せる彼女に対し、カーティスは僅かに眉を顰める。
まるで、不愉快で堪らないとでも言うように。
「君は馬鹿なのかい?大公領の結界を解いた罪とティターニアを攫った罪が、あの程度の攻撃で相殺される訳ないだろう」
『甘く見すぎだ』と非難し、カーティスは苛立ちを露わにした。
珍しく感情的なカーティスを前に、女性は少し怯む。
────と、ここで沈黙を守ってきたシルバーが口を開いた。
「おい、ちょっと待て!俺は結界の件について、一切関与していないぞ!」
思わずといった様子で声を荒らげるシルバーは、『勝手に罪を増やすな!』と抗議する。
戸惑いを露わにする彼の前で、カーティスはスッと目を細めた。
「今更、言い逃れでもするつもりかい?」
「ちげぇーよ!本当に何もしてねぇーんだって!ティターニアの拉致については認める!それは悪かった!でも、結界の解除は本気で何も知らない!てか、あれはお前のミスじゃなかったのか!?」
全く信用してくれないカーティスに、シルバーは身の潔白を訴える。
『やってないことまで責任を取らされては堪らない!』と、躍起になっていた。
「大体、お前の結界を吸血鬼最弱の俺が破れる訳ねぇーだろ!空間を歪めて侵入くらいは出来るかもしんねぇーけど、破壊や解除なんて無理だっつーの!」
『冷静になってよく考えてみろ!』と言い募るシルバーは、何とか疑いを晴らそうとする。
必死に根拠を並べ立て説得する彼に対し、カーティスは少し考え込む。
そして────
「……それは一理あるね」
────と、理解を示した。
が、完全に納得した訳じゃないようで警戒心は解いていない。
探るような視線も、そのままだった。
「まあ、詳しい話は後でするとして……一先ず、拘束を解こう」
『ここで話し合ってもしょうがない』と判断したのか、カーティスは話を切り上げる。
パチンッと指を鳴らしてシルバーに纏わりついた影を溶かすと、自分の足元へ引き寄せた。
まるで液体のように跳ねるソレを見下ろし、カーティスはトントンとつま先で地面を叩く。
その瞬間、影は静かになり、ブクブクと泡を出すことも跳ねることもなかった。
カーティスの力って、やっぱり凄く不思議。
改めて力の異様さに気づく私は、好奇心を働かせる。
恐怖心など微塵もなく、ただただカーティスの足元を……いや、影を凝視していた。
『私も頑張れば、影を操れるかな?』と考える中────ふと空から何かが落ちてくる。
いや、舞い降りてくると言った方が正しいかもしれない。
何故なら、ソレは────精霊を背に乗せた銀色のカラスだったから。
「クロウ?」
見覚えのある色合いに目を剥く私は、無意識に執事の名前を呼んでいた。
呆然と空を見上げる私の前で、カラスは着地と同時に姿を変える。
短い銀髪をサラリと揺らし、私の前に跪くその人物は間違いなくクロウだった。
ホッとしたような表情を浮かべる彼の横で────今度は精霊が変身する。
見る見るうちにマーサの姿へ変わっていく精霊は、潤んだ目でこちらを見つめた。
かと思えば、突然抱き締められる。
「嗚呼、奥様……!よくぞ、ご無事で……!」
「『攫われた』と聞いた時は、肝を冷やしましたよ」
泣きそうな声で無事を祝うマーサに続き、クロウも感情を露わにした。
『心配しました』と述べる彼らを前に、私はなんだか変な気持ちになる。
心配を掛けて申し訳ないと思う反面────ちょっと嬉しくなる。
まあ、本当はこんなこと思っちゃいけないんだろうけど。
『マーサに知られたら怒られそう』と思いつつ、私は彼女の背中に腕を回した。
小柄ながらも精いっぱいマーサを抱き締め返し、クロウの頭にも手を伸ばす。
サラサラの銀髪を乱さぬよう優しく撫でると、彼は僅かに頬を赤くした。
こういったスキンシップには慣れてないのか、『なんだか、照れますね……』と述べる。
でも、やめるようお願いしたり、手を掴んで止めたりすることはなかった。
『嫌じゃないってことかな?』と内心首を傾げる中────カーティスがおもむろに口を開く。
「さて、とりあえず屋敷へ帰ろうか。ここは冷える」
私の体調を気遣ってくれたのか、『長時間の外出は体に障る』と口にした。
帰宅を急ぐカーティスはシルバー達にもついてくるよう、促す。
恐らく、結界の件で話があるのだろう。先程、『詳しい話は後で』と言っていたから。
じゃあ、シルバー達はしばらく屋敷に滞在するのかな?
だったら、嬉しいな。もっと話がしたいと思っていたから。
『まだちゃんとお姉さんを紹介してもらってないし』と考える中、カーティスが歩き出した。
屋敷のある方向をきちんと把握しているのか、足取りに迷いがない。
『周りは木ばっかりなのに凄いな』と感心する私は、マーサやクロウと共にカーティスの後を追い掛けた。




