捜索《カーティス side》
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「────ウチのシルバーが申し訳ございません」
そう言って、深々と頭を下げたのは五番目の吸血鬼の姉を名乗る、二番目の吸血鬼────ヴァイオレット・ラルジャン・ブラッドだった。
癖毛がちな紫髪を揺らし、僅かに顔を上げる彼女は銀の眼でこちらの反応を窺う。
濃い化粧の施された顔はキツい印象を受けるものの、どこか不安げだった。
恐らく、弟の安否を気にしているのだろう。
吸血鬼に死はなくとも、痛めつけることは可能だからね。物理的にも、精神的にも。
終わりがない分、むしろこっちの方が辛いかもしれない。
『生き地獄を味わうようなものだから』と考え、僕はスッと目を細める。
屋敷の執務室で跪くヴァイオレットを見下ろし、壁際に控えるマーサとクロウにアイコンタクトを送った。
すると、二人とも小さく頷く。
どうやら、僕と同じ見解のようだ。
「謝罪は後回しでいい。それより、ティターニアの救出と保護だ。こちらに協力してくれるということでわざわざ結界を緩め、招いたが……捜査の役に立つんだろうね?」
ティターニアの捜索を一時中断してまで、ヴァイオレットを迎えに行ったんだ。
それなのに、成果なしでは困る。
クロウ経由で来たヴァイオレットの協力要請を思い返し、僕は椅子に座ったまま身を乗り出す。
白狐を彷彿させる綺麗な顔を鷲掴みにし、グイッと自分の方へ引き寄せた。
至近距離で圧を掛ける僕に対し、ヴァイオレットは怯えながらも首を縦に振る。
「は、はい。あの子の行動パターンは大体分かっているので、お力になれると思います。ただ、その……弟への罰は軽くして頂けると幸いです」
『図々しいお願いであることは百も承知ですが、何卒……』と、ヴァイオレットは懇願した。
銀色の瞳を涙で潤ませながら。
楽観主義のシルバーと違い、ヴァイオレットはよく理解しているのだろう。
僕達にとって、どれだけティターニアが大事なのか……そして────僕達の怒りを買ってしまったことが、どれほど愚かなのか。
「シルバーの処遇についてはティターニアの無事を確認してから、検討する。現状では、なんとも言えない」
『期待も悲観もするな』と告げ、僕は冷ややかな目でヴァイオレットを見つめる。
「ただ、これだけは先に言っておく。もし、ティターニアに何かあったら────その時は容赦しない。たとえ、君の手助けでティターニアを見つけられとしても、だ」
「はい、それで構いません。シルバーの性格上、無闇に他人を傷つけることはありませんので」
弟に対して絶対的信頼を向けるヴァイオレットは、そう断言した。
『だから、安心してください』と述べる彼女を前に、僕達は怪訝な表情を浮かべる。
だって、僕達の知っているシルバーは粗暴で短気で野蛮だから。
正直、常時誰かに喧嘩を売っているイメージしかない。
さすがに無抵抗の子供を一方的に殴りつける真似はしないと思うが……確信は持てないな。
『よくあんな奴を信用出来るものだ』と呆れつつ、僕は思考を放棄する。
今、シルバーの素行や信頼度について言い争っても意味がないから。
そんなことをしている暇があったら、ティターニアの捜索を進めたかった。
「……それで、ティターニアの居場所は?検討くらい、ついているんだろう?」
『弟の減刑を嘆願するくらいなんだから』と言い、僕は情報提供を迫る。
すると、ヴァイオレットはおずおずと頷いた。
「お、恐らくシルバーは大公領の中に居ます。空間を自由自在に操れる彼でも、この結界を突破していくのは難しいですから。また、転移を使ったのであれば、目印になるような場所へ行った可能性が高いです。シルバーの転移は行きたい場所を具体的にイメージする必要があるので」
「なるほど。それなら、候補はかなり絞れてきますね」
有益な情報に目を光らせるクロウは、備え付けの棚から地図を取り出す。
それを執務机の上に広げ、円を描くように指先を滑らせた。
「大公領は森ばかりで、街や村といった場所はほとんどありません。住民の数も少ないので、余所者が混じれば直ぐにバレてしまう。そのため、行ける場所は森や山に限られます。ですが、目印のある森や山なんて、早々ありません」
情報整理も兼ねてツラツラと言葉を並べるクロウは、机の脇に置かれたペンに手を伸ばす。
「精霊樹の近くとイブリース山の入り口……あとは北の湖くらいでしょうか」
ペン先をインクに付けてから地図と向き直り、候補に挙げた場所をそれぞれ丸で囲んだ。
『他は地元民でもないと、分からないでしょうし』と述べるクロウに、僕とマーサは頷く。
「そうだね。まずはこの三箇所から当たろうか」
「転移してから更に動いた可能性もあるので、周辺を隈なく探しましょう」
見落としの可能性を懸念するマーサに、クロウは少し考え込むような仕草を見せる。
「そうなると、時間が掛かりますね。手分けして、探した方が良さそうです。では、ティターニア様を発見した場合は光系の魔法を空に打ち上げてください。特に何も見つからなければ、三十分後またここに集合ということで」
カラスの獣人の本領発揮とでも言うべきか、クロウは的確な指示を出す。
連絡手段も非常に分かりやすく、理に適っていた。
「分かった。それで行こう」
「私は光系の魔法を扱えないので、適性のある精霊を一人連れていきますわ」
「精霊本人の同意を得られれば、連れて行っても構いませんよ。まあ、彼らはティターニア様を好いているので積極的に協力してくれるでしょうけど」
『マーサの傍に居れば安全ですし』と言い、クロウは小さく肩を竦める。
────と、ここで完全に蚊帳の外状態だったヴァイオレットが手を挙げた。
「あ、あの……すみません。私は一体、どうすれば……?」
ついて行くべきか、それとも残るべきか悩んでいる彼女はこちらに判断を委ねる。
シルバーの姉という立場上、『ついていく』とも『残る』とも言えないのだろう。
困ったように眉尻を下げる彼女の前で、僕は一人考え込む。
さすがに置いていく訳にはいかないか。
ヴァイオレットの性格的に、妙な真似はしないと思うけど……念には念を入れておくべきだしね。
やっとの思いでティターニアを連れて帰ってきたら屋敷が滅茶苦茶になってました、では困る。
「ヴァイオレットには、僕と一緒に行動してもらう」
万が一を考えて、彼女に唯一対抗出来る僕が監視役を引き受けた。
クロウやマーサも確かに強いが、吸血鬼を倒せるほどではないから。一騎打ちと考えると、尚更。
『僕なら単騎討伐可能だし』と考えつつ、ヴァイオレットの反応を窺う。
すると、彼女は『分かりました』とすんなり頷いた。
反抗する素振りすら見せない彼女の様子に、僕はホッとしながら席を立つ。
「じゃあ、早速行動を開始しようか。皆、くれぐれも無理はしないように────散開」
その言葉を合図に、クロウはカラスの体に変わり、マーサも精霊本来の姿へ戻った。
窓から飛び立っていく二人を見送り、僕もヴァイオレットを連れて走り出す。
待っていて、ティターニア。必ず助けるから。




