獣人
「では、続いて大公領の地形や住民の生活区域について紹介していきますね」
そう言って、地図の書かれたページを見せるマーサは一つ一つ丁寧に説明していく。
実体験なんかも交えながら話してくれたため、非常に分かりやすかった。
「大公領の住民は、全体的に精霊と獣人が多いんだね」
生活区域の説明を聞き終えた私は、第一声にそう言う。
すると、マーサは小さく肩を竦めた。
「人間やドワーフは、自分の国を作っていますからね。大公領で保護する必要がないんですよ」
「ふ〜ん?なら、精霊と獣人も国を作ればいいのに。どうして、作らないの?」
「えっと、それは……」
思わずといった様子で言葉を詰まらせるマーサは、困ったように笑う。
────が、先程のように黙り込むことはなかった。
「精霊は基本的に自由奔放で協調性がないため、国を作るのに向いてないんです。なので、責任も義務もなく、のんびり過ごせる大公領を好んでいるんですよ」
「そうなんだ。じゃあ、獣人は?」
特に深く考えることなく問い掛ける私に対し、マーサは返答を渋る。
どうやら、先程言葉を詰まらせた原因は獣人関連のことのようだ。
精霊の事情について結構すんなり教えてくれたから、そこまで深刻なことじゃないのかと思ったけど……そうじゃなかったみたい。
『また人攫いみたいな話題だろうか』と悩み、マーサの顔色を窺う。
もし、彼女が無理しているなら話題を変えようと思ったから。
『マーサの気分を害してまで聞く必要はないよね』と思案していると、彼女が重々しく口を開く。
「獣人は精霊と違い、群れを成して生活しているため────一応、国はあります。ただ、獣人同士の差別が酷くて、国を追われる者や国を捨てる者が後を絶ちません」
「差別?多様性の象徴である獣人が?」
マーサの口から飛び出した予想外の言葉に、私は目を剥く。
だって、獣人は多様性を重んじる種族だと思っていたから。
差別なんてしない、と勝手に決めつけていた。
『どうして、仲良く出来ないんだろう?』と困惑していると、マーサが一つ息を吐く。
「多様性の象徴と呼ばれるほど種類の多い種族だからこそ、差別問題に陥りやすいんですよ。彼らは外見、筋力、知性などに差がありすぎて仲間意識を持ちづらい。獣人という、大きな括りで周りを見れないんです。種族柄、弱肉強食の意識が根付いていることもあり、どうしても優劣をつけてしまうんです」
『共存や団結といった意識が希薄なんですよ』と語り、マーサはやらやれと頭を振った。
同族にも拘わらず、仲良く出来ない彼らの現状を嘆いているのだろう。
『せっかく同じ種族に生まれたのにこんなの悲しいよね』と共感する中、マーサはそっと地図を撫でる。
「大公領で生活している獣人の多くは、差別に苦しんできた者達です。醜いから、弱いから、馬鹿だからと蔑まれ、心身を傷つけられてきました。そんな彼らを哀れに思い、保護したのが旦那様です。おかげでクロウを始めとする獣人達は、安心して暮らせるようになりました」
獣人の住むエリアをトントンッと指で叩き、マーサは僅かに目を細めた。
彼らの暮らしぶりを思い出しているのか、表情はどこか柔らかい。
────が、私はそれどころじゃなかった。
「えっ?クロウも差別されてきたの?」
身近な人物も差別に遭っていたと聞き、私は思わず聞き返す。
『聞き捨てならない』と言わんばかりに身を乗り出す私に対し、マーサは苦笑を漏らした。
「いえ、厳密に言うと、クロウは差別被害に遭っていません。カラスの獣人はとても賢いため、あちらでも重宝されていますから。ただ────獣人同士の差別を何とかしようと動いたため、周りに煙たがられ、追放されてしまったんです」
『間接的に被害を受けた』と主張するマーサは、呆れたような……でも、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべる。
自ら茨の道へ進んだクロウを愚かだと思う反面、誇らしく思っているのだろう。
「そうだったんだ……クロウって、凄いね。差別意識に流されず、自分の信念を貫くなんて、誰にでも出来ることじゃないよ。尊敬する」
率直な感想を述べる私は、クロウに対する認識を改めた。
────と、ここで部屋の扉をノックされる。
『誰だろう?』と思いながら入室の許可を出すと、扉の向こうからクロウが姿を現した。
まさかの本人登場に驚く中、彼は照れ臭そうに笑う。
「すみません。盗み聞きするつもりはなかったのですが、部屋の前を通り掛かった時にたまたま声が聞こえてしまって……」
『ほら、獣人って耳がいいので』と言い訳を並べるクロウは、申し訳なさそうに肩を落とした。
────が、頬は緩んだままである。
さすがの私でも、演技なのは理解出来た。
まあ、別に怒ってないからいいんだけど。聞かれて困るような話じゃなかったし。
などと考えていると、クロウがこちらまで来て膝をついた。
「ティターニア様」
改まった様子で話しかけて来るクロウは、エメラルドの瞳に私を映し出す。
表情は笑顔のままだが、真剣なのは伝わってきた。
「私の行いを褒めて下さり、ありがとうございます。その言葉だけで、なんだか救われた気持ちになります」
「大袈裟だよ」
「いいえ、そんなことはありません。私にとっては、とても重要なことです」
力強い口調で断言するクロウは、戸惑う私を見てニッコリと微笑む。
まるで、幼い子供を慈しむかのように。
「ティターニア様にも、いつか分かる時が来ますよ。過去の行いを誰かに肯定してもらうことが、どれだけ嬉しくて誇らしいか」
そう言って、クロウは私の頭を優しく撫でてくれた。




