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苗代沢事件簿—はぐれ者どもの300日戦争—  作者: 朱坂ノクチルカ
Case. 1 ウェルカム・トゥ・ アンダーグラウンド
9/15

awdy-1: ghost children

 夜空色のドレスが快晴の下で翻る。彼女(・・)は来たときと同じように氷の無表情だった。中には八尋の組員がいたはずなのに、怯えも緊張もない。


 危惧せねばならない。正体を突き止めねばならない。


 ユーのために。

 ユーのために。

 ユーのために。


「——気負いすぎ」


 呼吸を浅くした少年の肩を、別の少年の手が叩く。「大丈夫」と、あやすように言う。


「レージュさん」

「あ、覚えててくれてるんだ。嬉しい。オレもアンタのこと覚えてるぜ。えーと、モルくん」

「ラビです」


 あちゃあ、とレージュは頬を掻いた。そんなレージュの姿にラビの緊張は和らぐ。


 レージュはラビよりもずっと年嵩の少年だ。そしてまだまだ新米のラビに対しずっと上の立場でもある。それゆえ、肩を叩かれてラビは焦っていた。みっともないところを見せてしまったのではないか。弁解しなくては。役に立つことを証明しなくては。それがこんなふうに気さくに接してくれたことは、大変ありがたかった。


「今のドレスの人? いいよ、気にしなくて。いくら賢いラビくんでも敵わないから」

「知ってるんですか?」

「んー……。はは。昔、俺の——いや、いいか。彼は有名人だよ。ま、厄介だね。」


 言葉を選ぶレージュにラビはいくらか落ち込んだ。まだ、自分は信頼されていない。


「そんな顔するなよ。アンタはユーに認めてもらったんだぜ。ほかでもないユーに」


 ニット帽の下でレージュの金髪が北風にそよぐ。横髪に一筋、ネイビーのメッシュ。深く閉ざした海の色。


「だったらわかるだろ。アンタはオレでもあるんだぜ。その逆もまた然り。()()しようぜ。な!」


 レージュもまた、ユーのように温かく穏やかだった。ラビは神も聖母も、もちろん救世主も信じはしない。しかし、この声の温度は本物だ。凛冽(りんれつ)の世で信頼に足る慈愛の形だ。


 あの日、深く傷付き、うつろに街を彷徨っていたラビを抱きしめた(かいな)と同じように。


 レージュはニッと笑った。ラビもつられて笑う。そして二人揃って廃工場へ目を向ける。ちょうど工場前につけたアウディが発進するところだった。その後部座席を注意深く見守り、ラビはレージュに問いかけた。


「あの人()()の顔は覚えました。ぼくにできることはありますか?」


 まだ声変わりの始まらないソプラノはサージカル・メスに似て冷たく鋭い。こぼれ落ちそうな大きな目、ツンと上を向いた鼻先、桜色の唇。人形のように整った顔立ちで、ラビはレージュを見上げた。


 レージュはゆっくりと首を横に振った。


「残念だけど、今の段階でできることは何もない。まずはユーに報告しよう。どうせならあんたもユーに会いたいだろ」

「会えるんですか? ユーに?」

「当然! あんたは仕事をした、ユーは喜ぶぜ」


 ラビの頬がぽっと薔薇色に染まる。腹の底から温かさが滲む。多幸感。高揚感。隷属することの、ひいては支配されることへの興奮。己のすべてを委ねる快楽がまだ幼い少年の脳を殴りつけた。


「ユーが嬉しいなら、ぼくも嬉しい」

「うんうん」

「ユーが幸せなら、ぼくたちは幸せでいられる」

「そうそう。えらいぞラビっち」

「ぼくは」


 ラビの瞳が翳り闇を孕む。


「ぼくたちはもう、とっくに死んじゃってるんだから」


 レージュは再び少年の頭を撫でた。よく手入れされているのだろう、目をかけてもらっているのだろう、しなやかな細い髪だった。さぞかし大事にされているのだろう。しかし、それは幸福ではないのだろう。だから求めるのだ。だから委ねるのだ。


 生きながらにして死した彼らに居場所はない。なければ作ってやればいい。それがどんなに間違った場所であっても、奈落に差す光には中毒性がある。


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