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新生活

 丸一日の休息日を挟み、ダイナの記念すべき初出勤日がやって来た。『カフェひとやすみ』の開店は午前7時半、開店時刻までに朝食メニューの仕込みや店内の掃除を終わらせなければならないから、必然的に出勤時刻は早くなる。今朝のダイナの起床時刻は午前5時半、近年稀に見る早起きだ。


「ダイナちゃん、おはよう。今日からよろしくね。早速だけど店内の箒がけとお花の水遣り、それと本日分の食材の蔵出しを頼めるかしら」


 まだ眠気眼のダイナにそう告げる者は、雑巾片手にハツラツと動き回るヤヤだ。口調はのんびり調子のヤヤであるが、その動きは若人と見紛うばかり。店内のあちこちを拭き上げて行く。扉を挟んだ厨房では、ヤヤの夫であるベリルが一足早く朝食メニューの準備にあたっている。

 ダイナが言いつけられた仕事を一通り終えたとき、店内にはぽつぽつと客人が見え始めた。開店時刻の午前7時半を回り、手軽な朝食を求める人々がカフェへとやってきたのだ。この頃になると、ダイナは料理の注文を受けることと、そして厨房ででき上がった料理の配膳で大忙しだ。テーブルが5つしかない小さなカフェだから、混雑といってもたかが知れている。それでも頻繁に入れ替わる客人が、それぞれ料理にデザート、食後のコーヒーを頼めばダイナの仕事はかなりのものだ。朝食時の人入りが落ち着いた頃には、ダイナはすっかり疲れ果ててしまった。


 ダイナにとって目が回るほどの忙しさであった開店直後だが、その後の人入りは比較的落ち着いていた。30分に一人ふらりと客人がやって来ては、コーヒーと菓子を嗜んで帰って行く。昼食時こそ人の出入りは増えるが、午後1時を回ればまた客人はぱたりと途絶えてしまう。15時頃に菓子を求める客が数人訪れて、また暇になる。そして17時丁度に閉店。一昨日ダイナが訪れた時刻は、カフェの閉店間近だったのだ。ダイナはこの時初めて気づく。


「ダイナちゃん。今日は一日どうだった?」


 相変わらずのんびりとした調子で、ヤヤが尋ねた。本日分の売り上げを計算するヤヤの前で、ダイナは賄いのナポリタンを口に運んでいるところである。


「思ったよりも忙しかったです。小さなカフェだけど随分お客さんが来るんですね」

「このカフェは住宅街の真ん中に位置しているからねぇ。馴染みの客が結構多いのよ。朝食を食べにくる人達はほとんどが常連よ。早く顔を覚えてあげてね」

「分かりました」


 そこで会話は途切れ、客足の途絶えたカフェの内部には、ヤヤがそろばんを弾く音が木霊する。ぱち、ぱちぱち。何度か紙に数字を書き記し、ヤヤはまた徐に口を開く。


「仕事に慣れてきたら、空き時間は好きに工房を使っていいからね。混雑時以外は、私とベリルの2人で十分に仕事を回せるから。ダイナちゃんは神具作りに励んで、早く陳列棚を賑やかにして頂戴ね」


 そろばんを弾く間に、ヤヤは店の壁際にある陳列棚を見やる。木製の板を3枚壁に張り付けただけの、簡素な陳列棚だ。かつてはそこに、ヤヤの作る神具が商品として並んでいた。しかし今その棚に物はなく、時たま客人が手荷物を載せるだけの場所だ。


「頑張ります。仕事に慣れるまでは、少し時間が掛かりそうですけれど」

「気長にやりなさいな。常連ばかりの店だから、失敗したって怒る人はいないわよ」


 そう笑うヤヤは、机上のノートをぱたりと閉じた。

―売り上げ帳簿


「お店の後片付けは私とベリルでやるからね。ダイナちゃんは、賄いを食べ終わったら帰っていいわ。明日の朝も早いから、寝坊をしないようにね」

「はい、お休みなさい」


 そろばんとノートを抱えたヤヤは厨房の扉へと消え、間もなく賄いを食べ終えたダイナはひっそりと『カフェひとやすみ』を後にした。およそ100mの道程を歩き、帰り着いた下宿所で夜を明かす。それが新しいダイナの日常だ。


 その男が『カフェひとやすみ』へとやって来たのは、そんな新しい日常が10日も過ぎた頃のことであった。

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