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神都

 国家の中心部だけあって、神都は賑やかな街であった。石畳の敷き詰められた大通りに、ぎっしりと立ち並ぶたくさんの建物。通りを歩く人の数も、ダイナの故郷からは想像もつかない。


 大通りの中心部で馬車から下りたダイナは、目まぐるしく動く人波を眺め熱い息を吐いた。賑やかな街と聞いていたが、想像以上の賑わいだ。行き交う人の身なりも、鼻腔に流れ込む飲食店の香りも、耳に届く人々の会話も、ダイナにとっては何もかもが新しい。

 ダイナが故郷を離れ神都を訪れた理由は、父ユークレースに迷惑を掛けないためだ。ユークレースはダイナの旅立ちに合わせ、工房の拡大契約を締結し、更には新たに雇い入れる神具師にも目途を付けていた。ダイナが生家を離れなければ、全ての話が振り出しに戻ってしまうのだ。小さい村であるから、ダイナの婚約破棄の理由を根ほり葉ほり聞きたがる人もいるだろう。それはダイナにとっても、父であるユークレースにとっても望ましくない。だからダイナはクロシュラとの和解の元、故郷を離れる決意をした。「この度の婚約破棄について、私は金輪際一言の文句も申しません。その代わり、工房拡大に係る費用と、更に私の神都行きの切符代を負担してください」たぎる怒りと悲しみを押さえ、クロシュラにそう伝えたのだ。

 クロシュラはダイナの要望を受け入れ、工房拡大に係る費用の全てを負担し、更にダイナには神都行きの切符を渡すと約束した。クロシュラに婚約破棄を告げられてから、3日後の出来事であった。そしてそれから更に4日後の今日、ダイナは単身神都行きの馬車に飛び乗ったのだ。


 右へ左へと動く人波を眺めながら、ダイナは両手のひらで頬を叩く。心機一転、ここが頑張りどころだ。ダイナが神都で人並みの生活を手に入れれば、少なくとも父に心配をかけることはない。神具師の力を生かしそれなりの賃金を手にすれば、多少の仕送りも可能になるだろう。全てはダイナの頑張り次第。よし、と意気込むダイナの腹がぐぐぅと鳴る。早朝故郷を出発してからおよそ6時間。馬車の中で軽食を口にしてはいたが、正午を越えた今ダイナの腹は空腹を訴えている。


「まずは腹ごしらえ」


 そう呟くと、ダイナは神都での第一歩を踏み出した。


 腹ごしらえの場としてダイナが選んだのは、大通りの一角にある小さな屋台であった。青空に広げられた天幕の下で、青年が具を挟み込んだパンを売っている。神都に来て初めての食事となれば、お洒落な食事処でゆっくり楽しみたいところではある。しかし今のダイナに課される使命は、一に職を得ること、二に住まいを得ることだ。優先すべき使命があるのだから、食事は二の次である。

 ダイナは屋台で具挟みパンを一つ購入し、売り子の青年にこう尋ねた。


「すみません。私さっきこの街に来たばかりで、仕事を探しているんです。この街には、仕事の仲介をしてくれる場所はありますか?」


 青年はパンに具を挟む手を止めて、ダイナを見る。


「あんた、神都近辺の街の人?」

「いえ、生まれは西方の小さな村です。馬車を乗り継いでここまで来ました」

「ふーん…」


 青年の視線は目まぐるしく動く。ダイナの装いを上から下へ。使い古された麦藁帽子、ただ櫛を入れただけの銀の髪、化粧っ気のない顔、質素なワンピース、最低限の荷物を詰め込んだかばん、愛らしさには程遠い平靴。


「職業仲介所という施設が、街の中に何か所かある。でも田舎者の利用はお勧めしない。田舎者は良い仕事を紹介してもらえないし、高額の仲介料金が発生するんだ。それに仕事先との書類のやりとりが必要だから、実際に仕事が決まるまでには何日もかかる」

「では、田舎者が手早く仕事を得るためにはどうすれば?」

「知り合いに紹介してもらうのが一般的だけれど、そうでなければ直談判だ。良さそうな店を見つけたら、店長か店員に直接雇って欲しいと頼み込む。一番確実で、手っ取り早い方法だよ」


 成程、とダイナは呟く。高額の仲介料金が発生すると聞いてしまえば、ダイナが取る手段は直談判の他にない。


「私、神具師なんです。できれば神具師として働きたいんですけれど」

「それなら、2本南側にある通りに行くといいよ。たくさんの神具店が固まっている。腕の良い神具師はどの店も欲しがるから、結構良い条件で働けると思うよ」

「分かりました。ありがとうございます」


 ダイナは青年に礼を述べ、パンを()()み屋台を後にした。

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