捕まえた
「ダイナ殿、どうか機嫌を直してくれ。強引な手段であると自覚はしていたが、どうしても貴女を逃がしたくなかったんだ。貴女は田舎の出身であることを気にしていたから、馬鹿正直に『王妃になってくれ』と言っても断られると思った。人の数だけ愛の形があるとは昨日伝えたことであるし、まずは既成事実を作ってしまおうかと。実際に愛を育むのは、夫婦となった後でも遅くはないだろう?」
神殿1階の廊下にて、さらさらと言葉を並べ立てるアメシス。アメシスの腕の中には、いまだ錯乱状態のダイナが抱き込まれている。「ひぇぇぇ」と情けない悲鳴を漏らしたダイナは、歓声から逃げるように渡り廊下を渡り、神殿の一角にて後を追ってきたアメシスに捕らえられたところだ。
「わ、私は何も聞いておりません」
「そうだ。意図して何も伝えなかった」
「昨日想いを交わしたばかりの身で、まさか今日には妃になれなどと」
「そうだな。非常に急な展開であった」
「ヤヤさんにもベリルさんにも、今日は神官舎に神具の売り込みに行くと言ってあるんです。身体の準備も心の準備も、何もかもが不十分なまま…」
「身体の準備についてはこの際致し方なし。心の準備は…今でよければ存分にしてくれ。ダイナ殿が落ち着いたら、また皆の元に戻ろう。恐らく今日は、誰もまともに仕事などできないから」
そう言うと、アメシスはダイナの身体を力強く抱きしめた。廊下の一角に座り込み、アメシスの胸元に顔を埋めるダイナの姿は、さながら母に縋る幼子のよう。
そうした時が5分にも及んだとき、ダイナは蚊の鳴くような声を絞り出す。
「私は、アメシス国王様の顔も知らない不届き者でした」
「神都の中でも、私の顔を知る者は多くはいない。人前に顔を出すことはあまり好きではないからな。長年田舎町で暮らしていたダイナ殿が、私の顔を知らなくとも何ら不自然ではない」
「名前を伺ったときも、まさか国王様ご本人であるなどとは思い至らずに」
「アメシスという名は、この国では珍しい名ではない。神官の中にも一人同じ名の者がいる」
「今日こそ着飾っておりますが、私服は酷いものですし…」
「私は、いつものダイナ殿の格好も嫌いではない。素朴で愛らしいとすら感じる」
「妃としての品格など皆無ですし」
「妃の品格など、私の心を射止めただけで十分だ。必要な礼節は今後覚えていけば良い」
「婚約者に捨てられた過去もございますが…」
「妖精のように愛らしいダイナ殿を捨てるなど、愚かな男がいたものだ。しかし私にとっては幸運である。その男がダイナ殿を捨てたからこそ、私は今後の人生を貴女と共にあることができる」
アメシスの胸元に顔を埋めたまま、ダイナはそれきり黙り込んだ。アメシスの指先が、柔らかな銀色の髪を梳く。
「他に何か心配事は?」
「………ありません」
「では改めて私の想いを伝えても良いか?多少、順番は前後してしまったが」
慈愛に満ち溢れた言葉に「否」を返すことなどできやしない。ダイナは小さく「はい」と呟く。
「ダイナ殿、私は貴女を愛している。どうか貴女の残りの人生を、私と共に歩んではくれまいか。神国ジュリの王妃として」
その時見上げたアメシスの瞳は、今まで見たどんな宝石よりも美しかった。きりりと吊り上がる眉毛の下で、紫水晶に似た2つの瞳がきらきらと輝いている。角度によって色彩を変えるその瞳は、この世に2つと存在しない極上の宝石だ。
ダイナははぁ、と熱を吐く。一度その宝石の美しさに魅了されたなら、きっともう逃げられはしない。
「はい、喜んで」
そう伝えた瞬間のアメシスの表情と言えば、満開の花畑にも似た満面の笑顔。