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脱兎

 神官舎は東西に長く伸びた長方形型の建物だ。高さは3階建てで、外壁の色は白。公的な施設であるだけに、外壁にも内装にも目立った装飾はない。一部の民から「無機質で面白みのない建物」などとも揶揄されるその神官舎の中では、200人に及ぶ神官が日々国政運営に携わっている。

 無機質な建物の内部で唯一特徴的な部分と言えば、建物の北側が吹き抜けになっていることだ。1階部分から3階部分までを貫き、天井部に設けられた天窓から陽光が降り注ぐ吹き抜け部。吹き抜け部の3階部分は一部が小さなバルコニーのようになっていて、そこに立てば吹き抜けの1階部分に立つ人々を一望することができる。もっともこのバルコニー部分に立つことができるのは、神官舎の中でも限られた一部の神官だけ。その年の仕事始めに、一年の抱負を述べる役割を与えられた者。清掃や修繕のために、バルコニー部に立ち入る神官。そしてバルコニーの背部に設けられた渡り廊下を通り、神殿へと赴く選ばれし神官。彼らを除きバルコニーに立つ者がいるとすれば、それは―


 思いもよらぬ歓声に、ダイナは身を竦ませた。アメシスに手を引かれ、恐る恐るバルコニーへと足を踏み入れる。陽光差し込む吹き抜けの1階部分には、目も眩むほどたくさんの人々が立っている。ある者は歓声を上げ、ある者は手を叩き、ある者は仲間同士で手を取り合いながら、バルコニーに立つダイナとアメシスを見上げている。


「ア、アメシス様。とてもたくさんの方々が集まっていらっしゃいます」

「ダイナ殿の来訪は、昨日のうちに神官舎中に知らせてある。数人の欠勤者を除けば、ほぼ全員が集まっているのではないか」

「ほぼ…全員…?」


 ダイナはこくりと喉を鳴らす。得意先に挨拶に赴くのだから、ある程度人と顔を合わせることはダイナとて覚悟していた。しかしダイナの予想していた挨拶とは、神官舎内の各事務室を回り「この度は私の作った神具を愛用いただきありがとうございます」と頭を下げる程度のものであったのだ。このように神官舎中の神官が大集合するなどと、想像だにしなかった。戸惑うダイナの横で、アメシスが一歩前へと進み出る。


「静粛に」


 アメシスの声は、陽光溢れる吹き抜けによく響く。騒がしかった空間は、一瞬で静寂に包まれる。


「今日は皆に紹介したい者がいる。神都の街の神具師であるダイナ殿だ。およそ1か月半前から神官舎に納入されている数々の神具は、全てダイナ殿の作品である。神官舎内の業務効率化に多大なる貢献をするダイナ殿に、一同大きな拍手を」


 アメシスが言葉を終えた瞬間に、神官の間からは割れんばかりの拍手が起こる。温かな拍手を全身に受け、ダイナはかつてない気恥ずかしさを覚えるのだ。故郷では「ガラクタしか作れない」と蔑まれた神具師が、驚愕の出世である。十数秒続いた拍手は間もなく鳴り止む。辺りが再び静寂に包まれたとき、アメシスは高らかと声を張る。


「さて、次いでもう一点。皆にとってはこちらの方が本題であろう。今この時を以て宣言する。私はダイナ殿を―」


 耳が痛いほどの、静寂。


「―神国ジュリの王妃として迎えることにする」


 轟く歓声、花火のように打ち鳴らされる拍手、湧き上がる熱気。「おめでとう」「今日は神国ジュリの歴史に残る一日だ」「アメシス国王殿、ダイナ王妃殿」歓声に混じる数々の言葉。渦巻き入り乱れる賛美の中、ダイナは一人ぽかんと口を開けていた。


「アメシス様…」

「何だ」

「…アメシス国王様?」

「そうだ」


 放心状態で見上げたアメシスの横顔は、神国ジュリの頂に立つ王の顔だ。『カフェひとやすみ』で見る和やかな表情とも違う、街歩きの最中に見せた無邪気な笑顔とも違う、昨日の別れ際に見た悪戯な表情とも違う。民から数多の崇拝を集める、凛とした王の顔。


「ひ、ひぇぇぇぇぇ」


 脳味噌に流れ込む大量の情報に、激しく混乱したダイナは、脱兎のごとくその場から逃げ出した。

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