悪戯な笑顔
人気のない小道を、ダイナとアメシスは並んで歩いていた。どこを目指すでもなく、ただゆっくりと。一緒にいる喜びを噛み締めるためだけに歩く。身体の横に垂らされた右手と左手は、温もりを分け合うように絡み合う。
「アメシス様、神都の人々はどのようにして愛を育むのでしょう。私はその…何分田舎者ですから」
結婚を目前にしていた婚約者がいるのだから、ダイナとて男女の付き合い方は知っている。しかしダイナが恋人と愛を育んだのは、人口が千人にも満たない田舎町での出来事だ。鳥のさえずりを聴きながら農道を歩き、馴染みの飯屋で食事をとり、気が向けば馬に乗って山野を駆ける。それがダイナとクロシュラの全てだった。楽しいときであったことは事実だが、悲しいかなダイナの常識はこの神都においては通じそうにない。
ダイナの問いに、アメシスは優しく言葉を返す。
「神都の常識になど囚われる必要はない。人の数だけ愛の形があるのだから、私達は私達なりの付き合い方を模索していけば良い」
「私達なりの付き合い方…ですか」
「そうだ。今まで通り私がカフェに通っても良いし、休みの日にはこうして街を出歩くのも良い。仕事上がりに待ち合わせをして、夕食を食べに行くというのも良いな。ダイナ殿、貴女は酒が飲めるか?」
「いえ、あまり得意ではありません」
「では酒がなくても楽しめるレストランを探しておこう。あとは、そうだな。行く行くの私の希望を述べさせてもらえば―」
そこまで言って、アメシスは歩みを止める。アメシスに右手を握り込まれたダイナも、自然と足を止める。突然の静止を不審に思い、見上げたアメシスの顔はきらきらと輝いていた。何かとんでもない名案を思いついたとばかりに、紫紺の瞳は煌めきを放つ。
「アメシス様…どうされましたか?」
ダイナは不安げに問う。向けられる対の瞳は、やはり極上の宝石のように輝いている。
「…ダイナ殿。もし宜しければ、一度私の職場に足を運んではくれないか?」
「それはつまり、神官舎までという意味でしょうか」
「そうだ。貴女のことを仕事仲間に紹介したい」
ダイナはふむ、と考え込む。神都に来てからもうじき3か月の時が経つ。しかしダイナが神官舎に足を運んだ経験はない。たくさんの神具を購入してもらっているのだから、一度挨拶に赴かねばと思いつつも、何となく機を逃してしまっていたのだ。アメシスとの交際開始をきっかけに、顧客である神官舎の人々と顔を合わせるのも悪くない。
「そうですね…神官舎の方々にはお世話になっておりますし。仕事のお邪魔にならないのでしたら、ぜひご挨拶に伺いたいです。いつ頃伺うのがよろしいでしょう?」
「明日の朝一番だ」
「明日!?それは流石に急すぎでは…」
「こういうことは早い方が良い。午前8時に迎えの馬車を手配する。カフェひとやすみ前から乗車してくれ。御者には事情を話しておくから、ダイナ殿はただ馬車に揺られていれば良い」
「はぁ…」
「身なりは…多少気を遣って来てくれた方が間違いはないな。前回のデートで着ていた薄桃色のワンピースを、あれを着て来ていただけるか」
「それは…構いませんけれど」
アメシスの左手が、ダイナの右手をするりと離れた。
「申し訳ないが、私はこれで失礼する。今日のうちに、職場の者に貴女の来訪を伝えておこう。ダイナ殿、繰り返すが明朝8時だ。神具作りでお疲れのところを申し訳ないが、寝坊などなさらぬように」
早口でそう伝えると、アメシスは爽快とダイナの元を立ち去った。いつもの生真面目な表情からは想像もできない、悪戯な笑みを残して。