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想い繋ぐ

「ア、アメシス様。どこでこの耳飾りを?」

「耳飾りを購入した宝飾店の店員が、遺失物として保管していた。何でも大通りの道端に落ちていた物を、通りすがりのご婦人が届けてくれたらしい。神都で販売される宝飾品には、販売店ごとに異なった刻印が押されている。偽造や転売を防止するためだ。だから見る者が見れば、どこの店舗で販売された物かはすぐわかる。耳飾りを拾ったご婦人は、宝飾品に知のあるお方だったのだろう。落し物が耳飾り、というのがまた幸いであった。首飾りや指輪であれば、拾い主が懐に入れてしまう可能性も十分にある。しかし片方だけの耳飾りなど、古物店でも買い取ってはくれない」

「はぁ…」

「この耳飾りが私の元に届いたのも、幸運が重なっての出来事であった。恥ずかしい話だが、ダイナ殿と共に出掛けたあの日、耳飾りを買うだけの持ち合わせがなかったんだ。だから店側に名と住まいを伝えた上で、代金を後払いにしてもらっていた。そうしていざ代金の支払いに赴いてみれば、私の購入した耳飾りが遺失物として届いているではないか。何たる幸運と、店員と顔を見合わせ笑ってしまった」

「…はぁ…」


 例え高額な宝飾品を購入する際でも、通常であれば店側に名や住まいなど伝えない。代金を後払いにするなどという措置も、かなり特例的なものだろう。先に語られた通り、耳飾りがアメシスの手に戻って来たのは幸運に幸運が重なっての出来事なのだ。

 アメシスから紫水晶の耳飾りを受け取れば、ダイナは身体中の緊張感が抜ける心地だ。失せ物探しの神具など作る必要はなかったのだ。2週間カフェの店員業を投げ出す必要も、工房に引きこもる必要も、神力切れに陥り床に転げ落ちる必要もなかった。ただいつも通りの生活を送っていれば、耳飾りはいとも簡単にダイナの元へと戻って来た。故意に落としたわけではないのだから、アメシスがダイナを必要以上に咎めることもない。「忙しい日には身に着けることを控えます」「ああ、そうしてくれ」それで済んだ話なのだ。すっかり気抜けしたダイナに、アメシスが問い掛ける。


「それで、ダイナ殿。貴女は何をそんなに急いでおられた?神具作りは終わったのか」

「…はい、終わりました」

「ではそのガラス玉が新しい神具か。どのような効果を持っている」

「これは失せ物探しの神具です。台座の内部が空洞になっていて、そこに入れられた物と同素材の物体を探し出すことができます」


 言いながら、ダイナは木製の台座のふたを開けた。ガラス玉を数度上下に振れば、小さなふたの内側からが紫水晶の耳飾りの片方が転がり落ちる。ダイナの左手のひらに、2つの耳飾りが揃う。ははぁ、とアメシスの口から感嘆の声が上がる。


「なるほど、便利な道具だ」

「一見すると便利に見えますけれど、この神具の汎用性は高くはありません。同素材の物体と一口に言っても、例えば同純度の金の指輪…という程度でしたら探し出すことは不可能でしょう。同じ木の幹から削り出された刀の(さや)、一つの鉱石から削り出された宝石。物体を構成する元素の配列までもが同じであって、初めてこの神具は正しく動作するのです。正しく名を付けるとすれば片割れ探しの神具、というところでしょう」


 神の力によって作られる、神具。その力は無限大ではない。神具は全ての人の望みを叶える夢の道具ではないのだ。例えば病を癒す神具があったとしても、それは全ての病を等しく癒すことはできない。体内の特定部位の炎症を抑える、特定の病原体のみを死滅させる、等々その効果はかなり限定的だ。神具は神の道具ではない。人が作る、人の力を少しだけ越えた便利な道具。ガラス玉の上部を一撫でし、ダイナは説明を続ける。


「耳飾りを頂いた帰り道で、この紫水晶は一つの鉱石から削り出された物であると仰っていたでしょう。幸いにも耳飾りの片方は私の元にありましたから、限られた用途の神具でも探し出すことができると思ったんです。一から神具を作ったのは初めてだったから、とても時間が掛かってしまいましたけれど」


 アメシスは、ダイナの手の中から片割れ探しの神具を取り上げた。キツツキを乗せた小舟を、液体で満たされたガラス玉を、ふたの付いた台座を、物珍しげにしげしげと眺める。そしてそのうちに、何かとんでもないことに気が付いたというように声を上げた。


「ダイナ殿は、失くした耳飾りを探すためにこの神具を作った」

「そうです」

「2週間工房にこもりっぱなしで?」

「…そうです」

「下宿所に帰ることなく、風呂も着替えも食事もそっちのけで?」

「そ…」


 その通りです、とは言えずにダイナは口を噤んだ。「私は風呂も着替えも食事も睡眠もそっちのけで、貴方に頂いた耳飾りを探すための神具を作っておりました」などと、口にすればほとほと恥ずかしい。しかし気丈を装い「いえ、決してそんなことはございません」などと述べることもできないのだ。何故なら今のダイナは髪はぼさぼさ、服は木くずまみれの廃人のような有様。目の下の隈は濃く、不摂生な生活の中で神具製作にあたっていたことは火を見るよりも明らかだ。


「あ、あの、特別な意味はないんです。ただ頂いた物を失くしたままにしておくのは申し訳なくて。睡眠も食事も最低限はとっていましたし、本当に特別なことは何も…」


 まごまごと言い訳を続けるダイナの肩に、ぬくもりが落ちる。

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