再訪
ぎぎ、と錆びた音を立てて扉が開く。扉を開けた張本人であるアメシスは、きょろきょろと『カフェひとやすみ』の店内を見回した。そこに目的の人物の姿はない。
「あら、アメシス様。お久しぶりですねぇ」
背後で穏やかな声がする。振り返って見れば、厨房の出入り口付近にヤヤが立っている。エプロンの端には玉ねぎの切れ端がぶら下がり、袖口には水跡。時は昼下がり。『カフェひとやすみ』は、正午時の大激戦を終えたばかりなのだ。
「ああ、ヤヤ殿。久しいな。失礼だがダイナ殿はいらっしゃるか?」
「ダイナちゃんなら工房にこもっていますよ。もう一週間になるかしら」
「…一週間?それは、一週間工房にこもりっぱなしという意味か?」
「そうなんですよ。詳しい事情は知らないけれど、作りたい神具があるんですって。店員業をさぼってごめんなさいと謝罪を受けたきり、私もまともに顔を合わせていないんですよ。差し入れの食事は食べているみたいだけど、下宿所には帰っていないんじゃないかしら」
一週間前と言えば、アメシスがダイナと共に街歩きを楽しんだ翌日だ。夕焼けの中、紫水晶の耳飾りを手渡したその日。その翌日から、ダイナは工房にこもってしまったというのか。
「…会うことは、難しいだろうか」
「声を掛ければ工房に入ることはできますけれど…。でも急ぎの用事がないのであれば、少し放っておいてあげてください。本当に夜も寝ないで、一心不乱で神具を作っているんです。今までこんなことはなかったから、余程大切な神具なんだと思うんですよ」
「そうか…」
アメシスは上着のポケットに右手を差し入れ、そこにある物体を指先で撫でる。それが、アメシスが今日『カフェひとやすみ』を訪れた理由だ。どうしようか、と思う。それをダイナに渡すのならば、早い方が良い。しかし神具作りに没頭しているというのなら、邪魔をするのも気が引ける。
「アメシス様。いかが致します?一言で済む用事なら、隙を見て私の方から伝えておきますよ」
「…いや。ダイナ殿の神具作りが一区切りした時に、私の口から伝えよう。幸い仕事は立て込んでいない。数日に一度、立ち寄らせてもらおう」
「ええ、分かりました。お待ちしております」
アメシスは上着のポケットに右腕を入れたまま、『カフェひとやすみ』を後にした。