表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/32

失せ物

 夢の一時から一夜明け、翌日。『カフェひとやすみ』は早朝から大繁盛であった。どうやら近場の定食屋が昨日で閉店したということで、狭い店内は朝食を求める人々で大混雑だ。厨房担当のベリルが店の奥から古びたテーブルを引っ張り出してきて、屋外に簡易席を設けたものの、それでも足りない。接客担当であるダイナも、今日ばかりは料理の補助や皿洗いにと大忙しだ。


「ダイナちゃん。悪いんだけど。手が空いたら買い出しに行ってくれる?卵と牛乳が足りなくなりそうなの」


 厨房からヤヤの声がする。客が去った後のテーブルを拭き上げながら、ダイナは答える。


「分かりました。食器を下げたら行ってきます」


 それから5分後、ダイナは買い物袋片手に『カフェひとやすみ』を飛び出した。時刻は午前8時半を回ったところ。神都の街中でも、この時間に開いている食料品店は多くはない。少し遠くまで足を伸ばさねばならないと、ダイナは全速力で道を駆け抜ける。


 それから更に30分が経ち、大荷物を抱えたダイナは無事『カフェひとやすみ』へと帰り着いた。大きな買い物袋の中には、40個の卵と5本の牛乳が詰まっている。それにおまけで貰った小袋の菓子。出入り口の扉を足で押し開けたダイナは、手荷物を下ろし一息を吐く。すぐに厨房からヤヤが顔を出す。


「ダイナちゃん。悪かったわね。ご近所さんが店を閉めるのは知っていたんだけど、こんな小さなカフェに人が流れて来るとは予想もしなかったわ。とりあえず朝の分はあり物で間に合ったけれど、明日からは仕入れの量を増やさないとねぇ」


 そう語るヤヤの額にはいくつもの汗の粒が浮かんでいる。厨房からは食器のぶつかる音が聞こえてくるから、どうやらベリルが洗い物の真っ最中のようだ。激闘を終えたばかりといった様子のヤヤとベリルであるが、今や店内は静かなものだ。朝食を求める人々は捌け、日当たりの良いテーブル席に一人のご婦人が腰掛けるだけ。コーヒーを片手に本を開き、優雅な佇まいだ。


「きっとお昼時のお客さんも増えますよね。足りなくなりそうな食材があったら、今のうちに買ってきますよ。幸い、大通りはまだ空いている時間ですし」

「確かにそうねぇ…。それならベーコンと玉ねぎと人参と…あと卵を買い足してもらおうかしら。多分お昼時には、オムライスがたくさん出ると思うのよ」

「ベーコンと玉ねぎと人参…あとは卵。分かりました。すぐに行ってきます」


 ダイナは頷くと、満杯の買い物袋を持ち上げた。再出発は、買い物袋の中身を食糧庫に仕舞い入れてからだ。よたよたと厨房に向かうダイナを見て、ヤヤはあらと声を上げる。


「ダイナちゃん。今日は耳飾りを付けていたのね。珍しい」

「あ、はい。そうなんです。実は人から頂いた物で―」

「可愛いけれど片耳だけなのね。そういうデザインなの?」

「…え?」


 ダイナは買い物袋を床へと下ろし、左右の耳朶に触れた。銀色の髪束に埋もれた耳朶。右側の耳朶には、朝と同様紫水晶の耳飾りがぶら下がっている。しかし左耳は―


「…嘘」


 そこに耳飾りはない。街を駆けるうちに、どこかで落としてしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ