ぱっつん
明朝。ダイナとルピは、揃って神都の一角にある美容室を訪れていた。散髪用の椅子が2つあるだけの小さな美容室。朝日差し込む美容室の内部で、ダイナは散髪用の椅子に腰かけ、ルピは右手に持ったハサミをくるくると回す。そう、ルピの本職は美容師だ。散髪に加え、髪結いや化粧もお手のもの。敏腕美容師の手に掛かれば、野暮ったい街娘を姫君に変身させるなど簡単なことだ。
「じゃあ、切るからね」
ルピがハサミを握り直すと、ダイナはこくりと頷いた。真っ白な散髪用マントに埋もれるダイナは、まるで巨大なてるてる坊主だ。しゃきり。ルピのハサミがダイナの前髪を切り落とす。その瞬間。
「きゃあああああ」
「何、何々!?」
静寂を切り裂くダイナの悲鳴に、ルピは手にしたハサミを取り落とした。銀色のハサミはからからと音を立てて床の上を回る。
「ま、前髪。前髪が…」
「え、もしかして前髪は切っちゃいけなかった?そういう要望は先に伝えてよね」
「そうじゃなくて…前髪を切ることは構わないんだけど。でもこんなに短く切るなんて…」
ダイナは散髪用マントから右腕を出し、ハサミを入れたばかりの前髪をつまみ上げた。ほんの数秒前まで目元に掛かっていた銀色の前髪は、今は眉毛が見える程に短くなってしまっている。何だそういうことかと、ルピは床に落ちたハサミを拾い上げる。
「このくらい短い前髪が最近の流行りなんだよ。街でよく見かけるでしょ?ぱっつん前髪の女の子」
「そ、そうなの?でもこんなおでこ丸出し」
「ごちゃごちゃやかましい。ダイナは可愛い顔をしているんだから、少しでも顔を広く見せた方がお得だよ?ほら、前を向いて。今日は予定が盛だくさんなんだからさ。急がないと約束の時間に遅れちゃうよ」
現在時刻は午前8時を回ったところ。ダイナのデート開始時刻までは残り3時間。その間に散髪を済ませ、髪結いと化粧を済ませ、更にはダイナの衣服を買いに赴かなければならない。宝飾品や靴に至るまで一式だ。
早く早くと急かされて、ダイナはようやく大人しく前を向いた。ルピはハサミをくるりと回し、もっさりと伸びた銀色の髪を梳いていく。しゃき、しゃきしゃき。軽やかな音が響く。