顧客獲得!
その紫紺の髪の客人と2回目となる接触を果たしたのは、最初の相対から1週間が過ぎた頃のことであった。その日ダイナはヤヤに頼まれ、神都の街中へと買い出しに出ていた。腕いっぱいの荷物を抱え、『カフェひとやすみ』へと帰り着いたときに、店内にその客人の姿があったのだ。時刻は昼下がり。店内に他の客人の姿はなく、紫紺の髪の客人は老婦ヤヤと話を弾ませている。
「私はヤヤ殿の神具が好きだったんだ。神具としての力は弱くとも、日々の生活を少しずつ豊かにしてくれた。嚙むたびに味が変わる眠気覚ましのチューイングキャンディ。あれには何度助けられたことか」
「最近の神具は効果が派手で、その分お値段もお高いですからねぇ。庶民のお財布では購入をためらってしまいます」
「全くその通りだ。私は、神具とは人々が気軽に手に入れられて然るべきものだと考えている。しかし街の神具店が目玉商品として売り出す物は、効果も値段もお手軽には程遠い。神都の内部で暮らす者が、退魔の籠手など買い求めてどうする?神具は、金持ちが屋敷を飾りたてるために買う物ではない」
ダイナは戸口の傍に立ち、長いこと2人の会話に耳を澄ませていた。盛り上がりを見せる会話に、部外者が口を挟むのはいかがなものかと考えたのだ。このままこっそりと厨房に逃げ入ってしまおうか。ひっそりと歩み出したダイナの右足が、たわむ床板を踏む。ぎしり。思いがけず大きな音が響き、ヤヤと客人の視線がダイナに集まる。
「ダイナちゃん。お帰りなさい」
「ああ、ダイナ殿。貴女の帰りを待っていた。少し話がしたい」
話でしたら、買い出しの品物を片付けてからゆっくりと。ダイナがそう告げるよりも早く、客人はダイナの傍へと歩み寄った。ダイナの腕の中から満杯の荷物を取り上げ、手近なテーブルの上へと載せる。片づけは後回しにして会話に参加せよ、という意味らしい。
「ダイナ殿。貴女の神具は素晴らしかった。職場の者数名で使わせていただいたが、どの神具も好評だ」
「私の神具が好評?それは本当ですか」
「本当だとも。効果がシンプルで汎用性に富む。見た目よりも機能性重視で使い勝手が良い。神力で自在に色を変える付箋とメモ紙があっただろう。あれは最高だ。私の机の引き出しにはたくさんの付箋とメモ紙が溢れていたが、今では全てが筆箱に収まってしまう。文字数を数えてくれるボールペン、あれも良い。仕事柄、文字数を気にして文章をしたためる機会が多いんだ。米粒のような文字を数える作業から解放されるとは、夢のような心地だ」
初対面時の不愛想な様子はどこへやら、紫紺の客人は大層饒舌だ。無表情の顔面にも、微かながら笑みが見え隠れする。
「サイコロがあっただろう。あれは一日の運勢を占う神具、という解釈でよろしいか?」
「はい、そうです。壱が大凶で、六が大吉」
「やはりそうか。運勢を占う神具は他にもいくつか知っているが、あそこまで手軽な物は初めてだ。私は毎朝眠気覚ましにサイコロを振って―」
そこまで言うと、客人ははたと黙り込んだ。静かな場で、一人興奮気味であったことに気が付いたらしい。気まずげに、咳払いを一つ。
「失敬。私は何も、神具の使用感を語るためにこの場を訪れたのではない。実は、ダイナ殿の神具を大口注文したい」
「大口注文…ですか。具体的にはどれくらいの数を作ればよろしいでしょう」
「先週頂いた神具を全て200ずつ」
「200!?20の間違いではなく?」
「200だ。急ぎの注文ではないが、極力早めに納入いただきたい。納期と金額は、決まり次第文で知らせてくれ。送り先は…神官舎の財務課宛てで良い。私の方から話は通しておく」
流れるようにそう言い切ると、紫紺の男はぴんと背筋を伸ばした。元より長身の男であるから、背筋を張れば余計に威圧感がある。
「では私はこれにて失礼する。また暇を見て立ち寄らせていただこう」
客人は靴音を響かせて店内を歩き、扉を押し開けてカフェを出て行った。店内は一気に静寂に包まれる。ややあって、ダイナはようやく口を開く。
「ヤヤさん。神官舎ってどこでしょう」
「神都のお役所よ。200人に近いお役人が働いていると聞くけれど」
「へぇ…」
ならばあの客人は、神官舎に務める役人の一人か。それとも神官舎に商品を卸す商人か。
いずれにせよ、嵐のような男だ。