表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/32

婚約破棄

全32話です★☆

「ダイナ。君との婚約を破棄したい」


 突然の宣告に、ダイナは頭の中が真っ白になった。何故、と問うたはずが言葉にならず、ようやく絞り出した言葉は何とも間抜け。


「クロシュラ様…それは一体、どういう意味でございましょう」

「どうもこうも、そのままの意味だ。君との婚約を取りやめたいと言っている」

「なぜ。何か私に、至らぬところがございましたか」

「君に非があるわけではない。ただその…好きな人ができたんだ。ダイナ。君よりもずっと、素敵な人」


 前置きなく婚約破棄を突きつけ、更に私を貶めるなどと、貴方は一体何様ですか。脳裏に浮かんだ罵倒の言葉を、ダイナは口にすることができない。『婚約破棄』その4文字が頭の中をぐるぐると回り、まともな思考ができなくなる。口は渇き、それなのに涙腺からは涙が零れ落ちようとする。

 「その素敵な女性とは一体誰」ダイナがそう問うよりも早く、近くの木陰から一人の女性が姿を現す。赤茶色の髪をそよ風に揺らす、美しい女性だ。赤茶色の瞳を縁取る睫毛(まつげ)は化粧筆のように長く、小さな鼻に小さな口。首も腕も腰も折れそうに細く、しかし胸元だけは目を見張るほどに豊かだ。その女性がひらりとワンピースのすそを(ひるがえ)せば、ただ風が吹き抜けるだけの林地は一瞬にして照明輝く舞台となる。


「サフィー、来ていたのか」


 クロシュラが驚いたように声を上げれば、サフィーと呼ばれた女性は魅惑の笑みを浮かべた。


「だって不安だったんだもの。貴方が過去の恋人にきちんと別れを告げられるかどうか。2年も前から結婚の約束をしていたのでしょう?」


 そう言うと、サフィーはクロシュラの二の腕に自らの両腕を絡めた。それは正しく恋人同士の挙動。ダイナが目の前にいることなど微塵(みじん)も気に掛けていない、2人だけの世界だ。


「だからきちんと別れを告げただろう。サフィー、俺は君を愛している。過去の婚約者に情を残したりはしない。こんな片田舎の村など捨てて、俺と2人で神都(しんと)に行こう」

「もちろんよ、クロシュラ様」


 目の前で繰り広げられる、憎々しい愛情劇。ダイナは震える手のひらを握り締める。


「クロシュラ様。私の親類には何と説明するおつもりなのです。資金の援助をするから事業を拡大するがよいとの言葉を信じ、私の父は先月、工房拡大の工事契約を締結したばかりです」

「それについては済まなかったと思っている。婚約破棄料という名目でいくらか金銭を支払うから、上手く遣り繰りをしてくれ」

「そんな…お金を払えば済むという話ではありません」

「そうは言われても、仕方がないだろう。サフィーは君よりもずっと魅力的な女性だ。これを見てくれ」


 クロシュラはすらりと、腰に差した剣を抜いた。


「この剣はサフィーの作った物だ。正確に言えば剣を打ったのは別の人物だが、サフィーがこの剣に加護を与えた。剣は固い岩をも易々と砕き、手入れを怠っても鈍ることはない。俺はこの剣でもう10頭もの魔獣を切ったが、刃こぼれ一つしないんだ。ダイナ、君にこの剣が作れるか?」


 ダイナの住まう国を、名を『神国ジュリ』という。民は皆神の血を引き、神に等しい不可思議な術を使う。その不可思議な術を一部の他国では『魔法』と呼ぶが、ジュリの内部では一般的に『神力』と呼ばれる。膨大な神力を持つある者は、枯れかけた大地に大粒の雨を降らすのだという。またある者は、指先で触れただけで他者の傷を癒すのだという。そして神力を用い造られる特殊な道具を『神具』と呼び、それを造る者達を『神具師』と呼ぶ。一言に神具師と言ってもその実力は様々。サフィーのように武器に加護を与えられる優れた神具師もいれば、ダイナのようにガラクタしか作れない神具師もいる。

 しかし神具師としての実力など、今この場では関係のないことだ。サフィーが優れた武器を作ることも、ダイナが神具師として劣ることも、クロシュラがサフィーを選ぶ明確な理由にはなり得ない。ダイナは拳を、痛いほどに握り締める。


「加護を与えられた剣ならば、村の武器屋にも売っています」

「失敬。何も俺は、この剣を理由にサフィーを求めるわけじゃない。サフィーは、君にはないたくさんの物を持っている。見た目の美しさも、淑やかさも、話術も。そして何より―」


 クロシュラは言葉を区切り、そしてダイナの胸元を見下ろした。たわわな果実を連想させるサフィーの胸元とは雲泥の差の、ささやかな丘陵を。


「今まで言っていなかったが、俺は豊かな胸元が好きなんだ」


 寝耳に水の発言である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ