7 出口
ドラゴンを倒してから数日、ケイは順調に出口へと向かっていた。
ダンジョンの出口までの道のりは、エリスお手製の地図でわかっている。しかし、転送魔法は正確な座標がわかっていないと成功しない為、少なくとも出口が視認できるくらいの場所まで行かなければならなかった。
ダンジョンで出会った魔物たちは、ここまで全員ドラゴン以上の脅威となる様な奴は、出てこなかった。
例えば何十体もの群れで生息し、獲物を見つければ、その獲物を仕留められるまで全員で襲いかかるゴブリン。ケイはこいつらを全員倒して進むには、あまりに数が多くてキリがないと判断して、最低限だけを殺し、転送魔法で逃げることに徹した。
ちなみにケイの戦闘手段は、転送魔法は勿論、その他の火や水を少し出す程度の初歩的な魔法と、ドラゴンの目を潰した時に使った短刀だ。
正直1人でダンジョンに潜り込むにしては心許なさ過ぎるが、そこは彼の転送魔法と技術で補っている。
そんな話はさておき、ケイの予定では、今日がダンジョンから外の世界に戻れる日なのだが…
「えっと、ここを抜ければ出口が見えるはず」
ケイが指したのは、先が見えない程に長いトンネルの様な通路だった。
その通路を進むと、進んでいるうちに段々と視界が暗くなっていった。
ちなみに、洞窟の様な造りになっているダンジョンの壁には、光源銀と呼ばれる光る金属が含まれている為、松明などを持っていなくても視界は良好なのだ。
「っ!?」
そうして通路を進んでいると、いきなり視界が真っ暗になった。そしてそれと同時に、ギチギチという謎の音が聞こえてきた。
「っ!火、火!!」
ケイは、慌てて初級の魔法を使って掌に灯代わりになる火を出し、後ろを向いた。すると……
「キシャァァァァァ!!!!」
「む、ムカデ!!??」
そこにいたのは巨大なムカデだった。
ケイが驚いていると、巨大ムカデはケイに向かい、襲ってきた。
「やばいやばいやばい、そんなのがいるとか聞いてないんだけど!!」
手元の光を元に通路をひたすら走ると、遂に広場の様な場所に着いた、が、ケイは足を止めた。何故なら…
「………ムカデパラダイス…」
そこは正にムカデの巣窟、360度全方位にムカデが蔓延っており、灯りが行き渡らなくてよく見えないが、高い天井の方までびっちりとムカデ達は蠢いている様だった。
(本当にやばい、早く転送魔法で逃げ……あれ?襲ってこない?)
これだけ大量に群がっておきながら、何故か一向に襲ってこないのだ。
この疑問は、意外と直ぐに解決した。
どう考えても意図された罠、ムカデ達から聞こえる何処か嬉しそうにも思える鳴き声、そしてここは国が管理していないダンジョン、要するにケイが初めてこのダンジョンに入った人間。
(なるほど…こりゃ楽しんでるな)
どうやらこのムカデ達は、相当な知能がある事がわかった。
普段はダンジョン内の魔物を標的にして遊んでいるのだろう。そんな中で初めて見る生き物が罠にはまり、ムカデ達は興味津々にして観察している、差し詰めそんな所だろうと予想がついた。
(だったらちょっとは時間があるけど、問題は何処に出口があるのか…多分壁側の何処かにある出口を、ムカデ達が体で隠してるんだとは思うけど)
そう考えたところでケイが行った行動は……
「フンッフンッ」
自分の周り、何もない空間に向かってナイフを振り回すことだった。ついでに掌に用意した火も振り回した。
何もない空間に向かって一心不乱にナイフを切りつけるその姿は、側から見て実に滑稽だった。
しかしずっとそうやってナイフを振り回すだけのケイに飽きたムカデの一匹が、隙をついてケイに襲いかかった。
「っ!」
咄嗟にそれに反応したケイは、掌の火をムカデに投げつけた。するとムカデは苦しそうな鳴き声を上げて退避していった。
「やっぱり、虫に火は有効だよな」
仲間の一匹が攻撃されたのを見、周りにいるムカデ達は一斉にケイに襲いかかった。
流石にこの数に囲まれたら成す術はないだろう、そのムカデ達の至極当然な考えは、ケイに対しては悪手だった。
_______パチンッ
ケイ鳴らした瞬間、突然ケイの周りに居たムカデ達が切り刻まれたり、燃え上がったりしはじめた。
「よしっ!上手くいった!」
これの正体はケイの生典スキル、『追尾事象』の効果だ。
その効果は、事前に起こった事象によって現れる効果を、遅れて発揮するというものだ。
例えば一枚の紙を防水性かつ完全に密閉できる袋に一度入れ、取り出す。次にその紙を水に沈める、すると当然濡れて脆くなる。
しかし、そこでこの『追尾事象』を発動すると、さっきまで濡れていたはずの紙が、最初の全く濡れていなかった状態に戻る。何故ながら『追尾事象』によって、「防水、完全密閉の袋に入れた」という事象についてくる、「袋の中身は濡れない」という効果が発揮されたから。
よって現在ケイの周りで起こっているのは、先に振り回したナイフの効果、「切り刻まれる」が発揮されたからである。ついでに火も振り回したので一部は燃えている。
(大体ナイフを振り回したのは5分くらい、要するに安全なのも5分くらい…その間に出口を見つけなきゃ)
そう思いながら、ケイはムカデ達の間を縫い、壁に向かって火を投げつけた。
それは岩の壁にあたり、数秒で消えた。
(あれ?ムカデがいない?)
何か違和感を感じたケイは、自分を中心にして全体に向かって火を投げつけた、するとその火は全て壁に当たった。
(壁側には出口がない!?でも、だとしたら何処に……)
その時、ケイは少し突拍子もないと思いつつ、消去法で一つの可能性を思い付いた。
「まさか…上……?」
(どんだけの数のムカデが塞いだら全く光が入らなくなるんだろ…)
そう思いつつも他の可能性が思いつかなかったケイは、上から襲ってくるムカデ達に『追尾事象』に加えて直接攻撃をし、大きな隙間を作った。
ケイは天井に向かってそこから火の玉を放った。しかし、その火は途中で途切れて消えてしまった。
(チッ、距離が足りないか、、それなら…!!)
ケイは自分の周りに転送魔法の扉を作った。
(この扉の距離だけ飛距離を伸ばせれば!!)
ケイは半ば祈りながら火の玉を放った。
扉のおかげで距離が短縮された火の玉は、壁中にいるムカデ達を照らしながらどんどん上昇していった。
そして……………
「「「「キシャァァァァァァァァア!!!!」」」」
大量のムカデ達に直撃した。
「よしっ!!」
そしてそのムカデ達が塞いでいた出口が少し露出し、小さく外界の光が見えた。
「見えた!!」
ケイはその光に向かい、転送魔法を使った。
結果、ケイは7年ぶりに外の空気を吸う事ができた。
ダンジョンの出口の先は、広い森だった。
「は、ははっ……やっと外に…って、あれ?」
その瞬間、急な眠気がケイを襲った。
(やばい…今来るか…)
ケイの生典スキルである『追尾事象』には、実は二つほど弱点が存在していた。
まず、掛け合わせる事象とその効果は、1時間前までの出来事に限る事。
二つ目は、スキルの使用後は強烈な眠気に襲われる事だった。
(ぜったい、こんなとこで、ね、たら…しぬ……)
なんとか意識を保とうとしたが、結局彼は意識を手放してしまった。
視界が暗転する直前、ケイの目には薄い黄緑色の花が映った。