3 理由
エリスという自称神と会ってから数分後、ケイは何故か観覧車の中で、エリスと向かい合って座っていた。
「……な、なんでこんな所に」
「あら?お気に召さなかったかしら?子供は高い所が好きって聞いたんだけど」
確かに子供は高い所が好きというのは、少しあっている部分がある。しかし、流石にこんな訳のわからない状況、さっき会ったばかりの不審者、知らない場所に知らない乗り物、恐怖を感じないわけがない。
エリスは窓の外を眺めながら、頬杖をついて言った。
「ここね、遊園地っていうの、確かに色が殆どないのは不気味かもしれないけど、結構楽しい所だから気に入ってくれると思ったんだけど」
「…………」
エリスの言葉にどんな意図があるのかが、ケイにはわからなかった。正直頭がおかしいのでは無いかとも疑った。
何故自分はこんな所にいるのか、エリスは何者なのか、何故自分に気に入ってもらおうと思っているのか、何故白黒なのか、色んな疑問が頭の中を埋め尽くし、訳も分からず泣きそうになっていると、エリスはゆっくりケイの方を向いた。
「まぁ、こんな余談は置いときましょっか、泣かれたら困るし」
エリスが指を鳴らすと、突然空中から皿に乗ったシュークリームとハンカチが現れ、ゆっくりとケイの前に落ちて来た。
「シュークリームはお好きかしら?それを食べながらでも聞いて頂戴よ、あ、そのハンカチでクリームは拭いてね」
とても何かを食べる気分ではなかったが、エリスの言う事には逆らっては行けないと感じ、戸惑いながらシュークリームに齧り付いた。
味はしなかった。
「そうね、何から話せば良いかしら…とりあえず、私は貴方に危害を加える気は無いから、それだけは安心して欲しいけど…無理か」
エリスは小さくため息をついた後、話を続けた。
「まずは…そうね、貴方の疑問を少しずつ消しましょうか、此処は私の"神域"って言ってね、平たく言うと私の心の中の世界よ、神は全員持ってるの。貴方を連れて来た理由は他でも無い加護を与えた者が死にそうになってたから」
エリスはそう言うと、空中から自分の分のシュークリームを出し、一口食べてから、話を続けた。
「加護っていうのは、1柱の神が50年に一度、たった1人だけに与えられる物でね、先に言っとくけど邪な物じゃ無いし、それを神父もわかってるはずだから貴方が虐げられた理由は私じゃ無いわよ?」
ケイは疑問が減るどころか、新しい疑問が次々と増え、正直話があまり頭に入ってこなかった。
そんな彼を察したのか、エリスは顎に手を当て、少し悩んでから、口を再び開いた。
「ちょっと神について全部此処で説明するのは無理があるわね…ちょっと話題を変えましょうか、例えば、神父が嘘をついた理由、とか」
「ッ!!」
ケイの反応に、エリスは満足げに「おっ良い反応」と言った。
「し、知ってるの……です、か?」
「あ、敬語じゃなくて良いわよ、そうよ知ってるわ、だって神だもん」
エリスは嬉しそうに「これでちゃんと神って事を信じてくれたかしら」と鼻を鳴らした。
ケイはこの2年間、自分を突然襲った理不尽に対して、何かしら教会に気付かぬうちに何かしてしまったのだ、もしそうでないとしても、自分は何もできないのだからと己に言い聞かせ、感情を押し殺して来た。しかしその理由さえわかれば、自分の所為ではない、自分は本当に理不尽に虐げられてきたと、胸を張って言える理由ができると歓喜していた。
しかし、ケイ自身は自分が歓喜している事に気づかなかった。自分の所為ではないと言える事に歓喜している等、到底10歳の頭ではわからなかった。
「お、教えて!」
「うふふ、良いわよ、流石にここまで引きつけといて突き放すなんて意地悪はしないわ」
エリスの話をまとめると
・神父がケイのことを悪魔憑きに仕立て上げたのは、ケイの父親の社会的地位を落とすため
・ケイの父、スタンレーは、とある不自然な終末を迎えた事件について調べていた。
・この事件の裏は、ケイが暮らしていた国が糸を引いていた物であり、それを暴かれてしまうと国の信頼はガタ落ちしてしまう。
・スタンレーをどう処分するかと悩んでいる最中、ちょうどケイのが8歳になり、天職を調べる事になった。
・ケイが行った教会は、たまたま国の息がかかっていて、ケイに神の加護があると分かった神父は、咄嗟のアイディアで悪魔が憑いていると言い放った。
・この咄嗟の嘘は、想像以上の効果が見られたので、国もこれに乗じる事にした。
「まぁ、ざっとこんな感じよ、要するに貴方のお父さんが邪魔になったから消そうってなったって事」
エリスは指についたクリームを拭きながら言った。
「あ、そうだついでに説明しとくと、貴方の家に火を放ったのも国ね、貴方のお父さんが全く根を上げないものだったから、遂に強行手段にでたってわけ」
ケイは正直、細かいことはよくわからなかった。しかし、自分に非がない事はわかった。人が汚い事がわかった。
じゃあ誰に非がある?父親を貶めようとした国?咄嗟の嘘で自分の人生をねじ曲げた神父?国に尻尾を振る教会?はたまたそんな危険な事件に首を突っ込んだ父親か?
色んな思考が回った。自分を本当の意味で貶め、追いやったのは誰だ?本当に汚いのは誰だ?
考えに考えた末、ケイはそれぞれの共通性に気がついた。
「……皆んな、自分の為に、自分の為に俺の事を見て見ぬ振りしてる」
誰も、ケイの事は見ていなかった。国は自分たちの信頼のため、神父と教会は国にいい評価をもらうため、そして何より、自分を見て見ぬ振りした社会そのもの……
「……ねぇケイ、貴方に二つ選択肢をあげる」
エリスは笑顔だった。
「このまま元いた場所に戻るか、それとも私に17歳まで育てられるか。戻るんだったら貴方は親戚に引き取られるか、孤児院に行くかどちらかでしょうね、あっ、それに死んでる事になってるから隠れて暮らす必要が出てくるわ」
時間がゆっくり流れているような感覚だった。
「で、もし私を選ぶなら、貴方が確実に強くなる事を約束するわ。そしてその力を何に使うかは貴方の勝手、騎士になって正義のために尽くすも、犯罪者になって好き勝手やるのも…そして、復讐の為にも」
エリスは手を差し出した。
「答えを、聞かせてくれるかしら」
どうするかはもう決まっていた。
「俺を…!俺を育ててください!!」
ケイはエリスの手を握った。
「うふふ、そう言うと思ったわ。よろしくね、ケイ」
エリスの顔は、今日見た中で1番満足げだった。
エリスは胡散臭いですが、別に本当に他意はありません。