1 崩壊
暗い展開です、ご注意を
「ただいま」
日が沈み、空も茜色に染まった夕方頃、ケイは自分の家に帰宅した。
「………」
しかし彼の母、レクシーは、そんな彼を無視してまるで存在しないかのように、全く反応しなかった。
彼女は、自分の息子が悪魔憑きだと宣言されてからの2年間、ずっとその精神をすり減らし続けていた。最初の頃は、疲れた顔を見せつつも、しっかり母として優しく接していた。しかし段々とストレスが溜まり、遂には爆発して、ヒステリックで神経質な性格へと変貌してしまった。今は落ち着いている状態ではあるが、ケイはいつまた母親が怒り出すかが分からず、刺激しないようにと、静かに自分の部屋に向かった。
それから数時間後、日も完全に沈みきり、空が完全に暗くなった頃にケイの父、スタンレーは帰宅した。
スタンレーの職業は探偵だが、ここ最近はケイの噂が広まってしまったせいで、めっきり仕事がなくなってしまっていた。
帰宅後直ぐスタンレーの目に入ったのは、レクシーが少し眉に皺を寄せながらをしながら、料理を黙々と作っているか光景だった。今日はレクシーの機嫌があまり悪くない所を見て、今日は特に何も問題が起きなかった事を察し、小さく安堵した。
彼は自分の部屋に荷物を下ろすと、ケイの部屋に向かった。
「ケイ、ただいま、もう直ぐ夕飯できそうだぞ」
「おかえり…ごめん父さん、今日はあんまりお腹空いてないからご飯はいらないや」
嘘だった。今日はイアンと遊んで疲れているし、家に帰ってから何も食べていない。しかし、それでもケイは母親に、いや、昔とはまるで別世界のような空気に触れるのが嫌だった。
スタンレーもそれを察し、「そうか」と言うしかできなかった。
ここ2年、ケイは自分の周りから友達がどんどん離れていった事もそうだが、父親の仕事が減ったり、母親が変貌してしまった事も、全て自分が原因だと理解してしまう事が、何よりも怖かった。確かに教会が嘘をついた事が根本ではあるものの、自分が話の媒体となっている事が、十分に自己嫌悪への材料となった。
段々増してきた空腹感を忘れる為、全く眠れそうにもなかったが、無理矢理布団について、目を閉じた。
教会に対する怒り、そして何も解決できない自分へのやるせなさを抱え、そのまま気づけば眠りについていた。
◇
その日の深夜、なんだか寝苦しさを感じたケイは、ベッドから体を起こした。すると周りはなんだか暑く、息が苦しかった。そしてそれは段々増していき、煙が出てきたあたりで、やっと火事だと気づいた
するとその時、部屋の外からバタバタとした足音が聞こえた。
「「っケイ!!」」
「と、父さん!母さん!」
両親はケイを見つけると、急いで手を引いて、再度走り出した。何かを話す余裕なんてあるはずもなく、ただひたすら火がない方向へと逃げた。
しかし、その時だった。
バキィッ
何かが壊れるような音が鳴り、次の瞬間、天井が3人の頭上に落下した。
そして、次にケイの視界に映っていたのは、大きな木材に下敷きにされた、両親だった。
「嘘、嘘、そんな!」
ケイは必死に木材を退けようとした、しかし木材は重く、大人2人が持ち上げられないような物を、10歳の子供が持ち上げられるはずがなかった。
「こんのっ、う、ごけ!!!」
それでもケイは諦めず、必死に木材を押した。
「ケイ、ケイ!!」
しかし、そんなケイをレクシーは止めた。
「私たちのことはもういいから、貴方だけでも助かって」
「でも、でも!!」
首を横に振るケイに、今度はスタンレーが声をかけた。
「俺達はこの通り、もうダメなんだ。お前なら俺たちがいなくても大丈夫だ」
「嫌だ!俺、俺!母さん達がいないと…!」
「大丈夫、だってケイは私たちの息子だもん」
火が勢いを増し、段々息も苦しくなってきた。
「ごめんね、ケイは何も悪くないのに八つ当たりしてた」
視界が煙と涙でふさがっていく。
「違う、母さんは何も」
「息子が困ってるのに、怖がってるのに手を差し伸べないなんて、私は親失格よ」
暑さが増してきた。
「レクシー、もう時間が」
「わかったわ、ねぇケイ、最後に一つだけ私たちの我儘を聞いてくれないかしら?」
「な、なに?」
2人は曇りのない笑顔を見せた。
「「私(俺)達の分まで生きて!」」
2人はそう言って、ケイを突き飛ばした。
ケイは必死に立ち上がり、走り始めた。
「ケイ!」
後ろから2人の声が聞こえたが、振り返らなかった。
「「愛してる!!」」
視界は悪く、息も苦しく、周りも気を失ってしまいそうな程暑かったが、とにかく無我夢中になって走り続けた。
ただ、両親との約束を守るために
◇
「ご報告致します。探偵スタンレーと、その妻の遺体を確認しました」
「了解、それじゃその息子の死体は?」
「………」
「何?なんか言ってくれないとわかんないんだけど」
「そ、それが…消失した家から息子の遺体は、いくら捜索しても見つからず……」
「は?何逃したの?」
「も、申し訳ございません!」
「いや申し訳ございません、じゃなくてさぁ…はぁ、まぁ2体あるしいっか……次はしくじんなよ?」
「は、はい!!」