2-3
「遅いわね」
最初はその程度。どうせ、あとちょっとしたら騒がしい夜が始まるのだ。
「何かあったのかしら、ふふ」
次には少し笑っていた。
もし、彼女がこのまま帰って来なければ私は自由になり、街へ行って気持ちよく死ねる。
「……」
次には不安が襲いかかった。
気持ちよく死ねる? 一方的とはいえ、あれだけ尽くしてくれた人に何の恩も返さずに?
初めて向けられた好意は、私にしがらみを与えていた。
「──ッ、そうだ……」
次には思い出した。
あまりにも「日常」過ぎて忘れていた。
私は厄災令嬢なのだ。
周りに不幸を撒き散らす女なのだ。
つまり、それは……ソレイユだって例外ではないはず。
「あぁ、もう!!」
次には動きだしていた。
万全とはいかないまでも、歩ける身体には戻っている。
震える足で床に立ち、近くにあった箒を杖代わりに歩き出す。
玄関を開けると、そこは暗闇だった。
このまま進むわけにもいかず、ちょうどよく置いてあった木の棒に布を巻きつけ火を灯す。
心もとないが、この松明だけで進むしか無い。
「なんで私がこんな……」
心がざわめき、酷い焦燥感に襲われる。
他人に対しこんな感情を抱くのは初めてだった。
悔しい、なんだからんだ彼女には色んな初めてを教えられてしまった。
でも、だからこそ、このまま放置しておくなんてできない。
そう思い、玄関を飛び出そうとした時だった。
「ッ!? あれは──ソレイユ!?」
暗闇を火で照らすと、直ぐ近くに人影が見える。
地面にうつ伏せになり、倒れた人影が。
顔は見えないが、その美しい金髪が彼女だと教えてくれた。
「大丈夫!? ねぇ、ちょっと!」
おぼつかない足で必死に駆け寄り、身体を抱き寄せた。
すると、両手にはドロっとした感触がこびりつく。
「ひッ!? これ、血……あ、貴女……ぁ、ああ!」
明らかに致命傷レベルの出血だった。
暗くてよく見えないが、足元にまで血溜まりができている。
どうすればいい? このままだと、間違いなく死ぬ。
医者……無理だ。
たとえ街に行って医者を呼べたとして、私の話など聞くはずない。
だったら、私が治療するしかないのか?
どうやって……どうすればいいの!?
「ぅぐッ……ぁ、ルナ様……えへ、抱きかかえられちゃってる。僥倖ですねぇ……ぐふッ!」
「ソレイユ、意識が戻ったのね! い、今なんとかするから、静かにしてなさい!」
なんとか、とは言ったのもも解決策は何も思いついていない。
これだ。私はいつもこうだ。
関わった人間を不幸にしてしまう。
だから、死ななければならないのに……!
「泣いて……いるのですか? はは、ソルの為にルナ様が、へへ」
「馬鹿、黙ってなさいと言ったはずよ!」
「いや、ちょっと忘れ物を……してしまいまして……ぅ、ぅ……!」
「忘れ物なんていいから、お願いだから、黙っててッ!」
「安心、し……て……た、キッチンの横の棚に……は、ほ、細い葉巻が入ってるので……もってきて、もらえませんか?」
あの初夜に吸っていた嗜好品のことだろうか。
でも、今はそんな場合ではない。
「葉巻!? 最後の一服には早いわよ、諦めないで!」
「あれがあれば、ソルは……無敵、ですから……信じて下さい」
「無敵って……あんなもので──」
「ふふ、いくら考えても、それしか手段は……ありませんよ?」
「ッ……確かにそうね、貴女の言葉を信じるわ」
急いで小屋に戻り、指定の棚の開けると大量の葉巻が入っていた。
それを持ってソレイユの元に戻り、松明から葉巻に火を移し、口に咥えさせた。
彼女は深く、深く息を吸い込み、葉巻を燃やす。
ジジッと音を鳴らしながら、あっという間に吸いきってしまった。
すると──
「ッ、ああ~危なかったぁ。いやはや、助かりましたよ、ルナ様」
まるで何事もなかったかのように、ぴょんっと立ち上がり背伸びをする。
さっきまで地面に流れていた血液は跡形もなく消え、彼女の傷も完全にふさがっていた。
この葉巻は、私の知らない回復系の道具だったのだろうか。
とにかく……本当に、よかった。