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ポカンと口を開けて惚けるソレイユ。
待て、これじゃあ私がおかしな質問をしているみたいじゃないか。
「見せてはまずかったですか?」
「いや、できれば作り方や素材は隠して欲しかったなと」
「でも、見せた方が有意義ですよ」
「説明なさい」
「だって〜絶対ルナ様、嫌がるじゃないですか〜」
「──っ、嫌がらせ……?」
「はい!」
元気の良い返事が返ってきた。おバカ。
「ソレイユ、貴女は私の事が好きなんじゃなかったの……?」
「愛した女が嫌がる顔で飯を食うのは格別ですからねぇ」
「……性格が悪いのね」
「よく言われます!」
呆れてものも言えない。
死ぬ事さえも許されず、こんな女に捕らえられてしまうだなんて……不幸だわ。
「とにかく、あんな物見せられちゃ飲める物も飲めなくなるわ。病気しているわけじゃないんだし、自然に治るのを待つことにしましょ」
「ダメですよ! 身体の基礎は魔力の循環に依存するのです。薬を飲み、体内の魔力の流れをよくする事が丈夫な身体造りの第一歩なのですから」
「無理無理、飲めないわ。それに、丈夫な身体を造る必要もないんだもの」
「またわがままばかり言って! まぁ、飲めないのなら仕方がありませんねぇ」
ゾッと背筋に冷たいものが走る感覚に襲われた。ソレイユの方を向くと、なんと彼女は木のコップに水を注ぎ、自分の口に含んだのだ。次いで小鉢を手に取る。
「わ、わわ、わかったわよ!」
「ふむ!?」
慌てて小鉢を奪い取り、彼女に薬を飲ませないようにした。あ、危なかったわ。
「ゴクンッ……おッ、飲む気になりましたね!」
「……飲まないと、貴女……口移しするつもりでしょう?」
「凄い、これが以心伝心。正に愛の力」
「恐怖による調教の間違いでしょ……全く」
また、逃げ場を奪われてしまった。
今のところ、彼女の手の平の上で転がされっぱなしだ。
「じゃあ、飲むわよ……」
小鉢に視線を落とすと、恐らく尻尾だった部分と目だった部分が微妙に残っていた。
覚悟を決めなさい、ルナ・アルス・アージュ……これも、死という幸福を掴む為なのよ。
「ささ、グィーっと、バァーンと、いっちゃいましょう!」
「……ええい、ままよッ!!」
瞼を噛み締め、一気に口の中へ放り込む。
刹那、泥、血、糞尿、形容し難い味が口内で乱反射を始めた。
「ぅ、ぇ……!」
「吐き出しそうですか!? 吐き出しそうですか!? しっかたありませんねぇ、ルナ様はぁ〜げひひ」
こ、これが狙いか、ソレイユめ。
どの道、口で塞ぐつもりだったのか。
うぐぐ……だが、私は、これ以上、貴女の思い通りには、ならないッ!!
「──ッ……ゴクリッ!」
「わぁ、飲んじゃった」
強引に喉奥に押し込み、飲み込んだ。
多分、人生で一番頑張った瞬間だったと思う。ざまあみろ。
「はぁ、はぁ……これでいいのでしょう? 貴女の傀儡になるつもりはな──」
「オッケーです。では、私は食事を調達してくるので、大人しくしておいて下さいね! では!」
「ん、あッ、ちょっと……!」
嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったのだが、彼女は私がちゃんと薬を飲んだのを見届けると直ぐに部屋を出て行ってしまった。
「……なんなのよ、本当に……」
こんな風に、朝は私の様子を見た後は狩へと出掛けてしまう。
昼と夕に一度ずつ。日にもよるが、大体その日一日分の食材を持ってくるのだ。
「ふぅ、やっと静かになったわね」
薬を飲み終え、疲れた私はベッドに横になり静かに彼女を待つ。
これじゃあ飼育されているのと、なんら変わりはないじゃないか……でも。
「身体、昔よりも健康になってる……かも」
体内に循環する魔力が血流を促進させ、治癒能力を高めている。
三ヶ月は動けないと思ってたけど、この調子なら二週間後には回復しそうだ。
そうなったら、留守の内に家を抜け出してやる。
私は静かにチャンスを待ち続けていたのだ。
そして、薬にも飲み慣れてきたある日の事、異変が起きた。
日が沈み、森が闇へ染まっても、ソレイユが帰って来なかったのだ。