読サー最大の危機
そして、次の日。
「さあ、みなの者。秋だ。突然だが、読サー最大の危機が訪れようとしているっ」
いや、突然じゃないんだ。二日前にワンクッションあったよね。ってかデジャヴだよねこれ。
今日は、ちゃんと弓月さんもいる。サークル室で、僕が持ってきた新聞の地方紙を隅から隅まで余すところなく、じっくりと読んでいて、先ほど完読したばかりだ。
「こらあ、ノラロウったら。新聞紙の上に寝転ばないでって言ってるのにぃ。この悪い子ちゃんめ」
ノラロウが弓月さんが広げている新聞紙の上で、だらしなく伸びている。
おいノラロウ! 男の大事な部分を、可憐な女子に見せつけるんじゃないよっっっ!
思いとは裏腹に、僕は優しくノラロウの頭を撫でた。
「ほら、ノラロウ。弓月さんは今、新聞読んでるんだから、邪魔しないよ」
「本当だよ。ノラロウ、私はね、これだけは譲れないの。誰しも、負けられない戦いがそこにはある、でしょ?」
負けられない戦い?
「さあ、どいてちょうだいね、よいしょっと」
ノラロウは弓月さんに抱っこされると、ニャオンと猫なで声を上げた。恍惚な表情を浮かべているように見えるのは、僕に嫉妬と欲目の思いがあるからだろうか。いいな僕も弓月さんに抱きしめられたい胸に飛び込みたいくそう。
「はい、ノラロウはいつもの足拭きマットのところに……あ、神田川先輩、今日は寝転んでいないね。どうしようか」
足拭きマット?
確かにノラロウはよく、仰向けになった神田川先輩の筋肉の上に乗って、フミフミフミフミしてはいるが……
足拭きマット?
人間以下の扱いとも言えなくはないか? 弓月さん、なかなか辛辣だな。
ほら見て。神田川先輩が、ガーン(゜д゜lll)って顔しているぞー。そりゃそうだろうな。
「仕方がないね。じゃあ私のお膝の上にいらっしゃいね」
ああああ、サークル室が、冷凍庫のように冷たくなっていく。
すみっこパイセン、ボクモネコニナリタイ っていう顔してる。気持ちはわかる。わかるがパイセン、なるとしたらアンタはハムスターと決まっている。
「み、み、みなさま。秋もずいぶんと深まってまいりました。突然のお話で恐縮ですが、この読サー、最大の危機に、直面することと相成りました」
神田川先輩のメンタルは豆腐。足拭きマット扱いが、ずいぶんと神田川先輩の心の深部を深くえぐったらしい。
さあ。本題へと戻そう。話し合いはこのまま、たたたーっと駆け足に進むんだと思ってた。
だが、こんなことがあっていいのか?
やっと話が前に進むと思われたその時。突然、校内放送があったのだ。
「ピンポンパンポン〜 えーー三年のカンダガワソイヤッッッくーん、すぐに水泳部までお越しくださーい。カンダガワソイヤッッッくーん、カンダガワソイヤッッッくーん、ソイヤッッッソイヤッッッ」
完全に遊んでいるな。
「え、俺? 呼ばれてる? マジか、たぶんあれだ。水泳部は学祭で、タコ焼きを焼くっつってたなあ。たぶん手伝ってくれってやつだ。助っ人頼まれるやつだ。引っ張りダコだなおい。タコだけに」(C評価)
ふーん。そうだね。
けれど、今日は白黒はっきりつけないといけない。
「ちょっと待ってくださいよ。とにかく『学祭』に参加するのかしないのか、先に決めないと。実行委のメガネからせっつかれているんですからね」
もちろん、談合のことは口が裂けても言わないつもりだ。いや、裂けたら言うな。ポン酢がしみると痛いもんな。
「や、もちろん水泳部の方は全力で断ってくる。俺はこの読サーの長だからな。すぐに戻るから、ちょ待っててくれ」
神田川先輩は、ジャージの上着をつかむと、ふぁさあっと羽織って出ていった。
ふん。下痢か。
神田川先輩はそのまま、その日は帰らなかった。