プッチ鍋と談合
学祭実行委員会からの刺客、黒縁丸メガネの、この横柄な態度といったら。
ムカついたので、僕は箸でプッチ鍋の中から、最高級A5ランクの松坂牛をつまみ上げた。
黒縁丸メガネの頬が、ピクリと反応する。
僕はそれを見逃さなかった。追い討ちをかけるように呟いてみる。
「うっわ、うまそー。これが、噂に名高い松坂牛かあ。なるほどねー」
箸でつまんでいる肉を、これ見よがしに舐めるようにして覗き込む。
ごくっと喉が鳴った。確実に仕留めたはずだ。彼のメガネが完全に曇っている。それほど、鍋の側に寄っている、ということだ。
「……良かったら食べます?」
「え、良いの?」
僕は確かにそのメガネの態度には、頭にきていた。だが、敵を懐柔し味方につける、これもまた学祭実行委員会陥落の作戦の一つなのだ。
「どーぞどーぞどーぞ」
今、僕は。
『親切』という皮を被った、人間。いわゆる、おばあちゃんをぺろりと食べ、おばあちゃんに扮して今度は赤ずきんちゃんを狙う、卑怯極まりないオオカミさん、というわけだ。
「そんなの最低だよ‼︎ 長谷部くん‼︎ 最低な人間のすることだよ‼︎ 」
真っ直ぐな瞳を持つ弓月さんなら、こんなにも悪い僕を、そう断罪するだろう。
けれど、今、僕とメガネの2人しかいないわけだから、どんな悪事を働こうが、どうってことないってわけ。(たいした悪事ではない)
僕は心の中で、くつくつと笑いながら、取り分けた肉を手渡した。
メガネは嬉しそうに、舌をぺろぺろしている。
「熱いから、ふーふーして食べてくださいね」と言いながら、割り箸を割って、手渡す。ナイス親切。
「おっ、かたじけない」
メガネは曇ったメガネの存在を忘れたかのように、肉をむさぼり食っている。
(バカめ、この時を手ぐすね引いて待っていたのだ。ひっかかったな‼︎ )
「美味しいですか?」
僕が訊く。
「ああ、めちゃくちゃうまい。これが松坂牛か」
(バカめっっ、それが松坂牛なわけないだろっっ)
どこまでも悪になれる。僕の中に住みついている悪魔の心が、僕の中で着実に、その凶暴さを増し、大きな化け物と化そうとしている。
「これ、良かったら使ってください。途中、味変できますよ」
柚子胡椒だ。
「ご親切にどうも」
ふはははは、またしても引っかかったなあああぁぁ。
胡麻だれに柚子胡椒が合うわけなかろーもん‼︎ (いや意外と合う)
はははこりゃ傑作だ‼︎
面白いように、人心を操ることができる‼︎
僕ってば、悪の天才かもしれない。そうほくそ笑みながら、僕もプッチ鍋に箸をつけていった。
「ごちそうさま」
「いいえ、どういたしまして」
「まあ、読サーは特別枠として、参加不参加の猶予を一週間、延ばしてあげるよ」
「マジっすか、助かります。じゃ、決まったらまた返事しますね。その時は、よしなに」
「うん、わかった」
そして、帰っていった。これが、談合ってか。料亭で秘密裏に行われるヤツだ。
「それにしても、遠慮なく食いやがったなあ」
僕は、残った汁に白飯を入れると、卵を溶きほぐし、雑炊にして食べた。