今、まさに最大級の虚しさに襲われているっっ
「え。弓月さん? ファンクラブ同好会って?」
「うん、あの新聞の講座の後ね、数人の殿方が一致団結してくださって、ちょっと気恥ずかしいんだけれど、新聞紙を愛でるファンクラブを立ち上げたいって。お断りはしたんだけどね。非公認で良いから、どうしてもって」
弓月さんは、頬を染めながら、いや、前髪を手で押さえながら、いや、はにかみながら、言った。
「ヤダもう恥ずかしい。でも、新聞をもっと広めたいって言ってくれたから、じゃあ、お願いしますって」
「へえ」
そうなんだ。
弓月さん、モテモテだね。僕の胸は今、もやもやっとしている。
きっとこれは、嫉妬だ。弓月さんは可愛いし、性格も良いときている。優しさもあるし、新聞紙にかける情熱なんかは、他を寄せつけない力強さがある。ノラロウとも仲良しだし、他のサークル員との仲も良い(一部除く)。
そりゃ、モテるに決まってる。
女子 1: 男子 3(+ノラロウ 雄 1 )の図式が、
女子 1: 男子 G並みに増殖(+ノラロウ 雄 1 ……はどうでもいいかあ)←投げやり
と変化してしまう。僕は、それが怖かった。
「そうなんだ。イイね。ファンクラブ。僕も読サー辞めて、そっちに入っちゃおうかな」
卑屈な僕は、そんなことを言い出してしまって、あっと口をつぐむ。
「長谷部くん! そんなこと言わないでっ。私、悲しくなっちゃうよ。長谷部くんとは、富士山も登ったし、夜ドライブで闇鍋もしたし、焼き芋も焼いた。このサークルにいたからこそ、長谷部くんとの楽しい思い出がたくさんできたんだって、思ってる!」
「ゆ、弓月さん……」
弓月さんが、僕の右手を、がっと握った。
わわわ。こんなことがあっていいの?
弓月さんの手は、少しひんやりしていたけれど、とても優しい手だった。
「長谷部くん、頑張ろうよ。私、長谷部くんとだったら、頑張れる。ふふ。いつかは新聞、一ヶ月契約、取ってやるって言ってたでしょ? 私も応援してるから」
細い指、小さな手だ。そんな手が、僕を励まそうと、一生懸命握ってる。
「うん。僕、この読サーで頑張るよ。地に足をつけて、頑張る」
「良かったあ。長谷部くん、これからもよろしくね」
僕と弓月さんは見つめ合った。そして、そのまま顔を近づけると、弓月さんはゆっくりと目をつぶった。
え、え、?
なにこの体勢は?
キキキキキキキキキスしていいの?
……いや、普通にあかんやろ。非常識(読サー)の中の唯一の常識(僕)と呼び名も高い、僕がそんな破廉恥←昭和 なことをしていいわけがない。
でも、ちょっとだけ……
そんな風に僕がドキドキオロオロとしている時、
「弓月さーん、これ優勝商品! お持ちしましたよー」
遠くの方から声が聞こえてきて、僕は振り返った。
そこには僕が懐柔した、学祭実行委員会、黒縁丸メガネの男がいるではないか。
「はい、これ」
「わあ、ありがとうございます」
弓月さんが、とても嬉しそうに受け取っている。その姿を見るだけで、あああー幸せの図。
それにしても、だ。受賞理由がわからない。
弓月さんは、新聞紙を熱く語っただけのような気がするし、ファンクラブのみなさんは、熱い視線を弓月さんへと向けただけだと思うのだが。
我が読サーはさ、頑張ったんだよ。ちゃんと、11人(1人は廃)が一致団結して、頑張ったんだよ。せっかく頑張ったのにって、なんだか虚しい気持ちになった。
虚しさを通り越して、さらに強烈な虚しさを感じるという悪循環に陥っている。
最大級の虚しさ。僕は今、非常にメンタルが弱っている。
黒縁丸メガネは、高らかに笑いながら、「いやあ、弓月さんの活躍には目を見張るものがあるよ」と言った。
それに対して、弓月さんは、「恐縮です」と言う。
いったいなんのことやらと首を傾げていると。
「弓月さんのお父さまがね、この『学祭』に多額の寄付をくださったんだ。弓月さんが、新聞の広報活動に活用したいという熱い想いを訴えてくれてね。それで、多額の寄付を受けて急遽、この優勝商品に『空気清浄機』をすえた、と言うわけだよ」
「えええ! 弓月さんのお父さん印の空気清浄機だったってこと? お父さん、そんなお金持ちなの? 」
僕は驚きのあまり、戦友であるはずのシャモジを、地面に落としてしまった。
「はふはふ、なんだぁ、あふ、は、長谷部。おまえ、はほはほ、弓月嬢がどこの御生れなのか、知らないのか?」
タコ焼きを口いっぱいに詰め込んでいる神田川先輩が、水泳部から戻ってきた。
「え、まさか。……どこかのお嬢さまってことですか?」
「ああ。はふ、◯◯◯新聞社の、……ふほぇ、ご令嬢だ」
○○○の例→唐揚げ、バナナ、リンゴ、ゴリラ、ラッパ etc。
えーーーーー。
じゃあ、弓月さんが僕の小さな定員2名、最大積載量102キロのボロアパートに来た時(卑屈)、弓月さんのお父上が言った、「長谷部なら良し」の意味が違ってくるじゃん。
もーーーまじかあ。
「長谷部なら良し(まあ長谷部は貧乏だしカノンとは身分が釣り合わないからどうもならないだろう)」が含まれてるよ絶対ー。
それにしても。
「え、じゃあこの空気清浄機って……」
「そうなの。結局は、パパから私にっていう図式になっちゃった」
てへ、と笑う。
うわあ、僕の黒縁丸メガネとの談合をはるかに超えた悪がここに居たあ。
大物だわ。フィクサーだわ。お代官様だわ。
この僕の小物感と言ったら。
なんで、そんなワンクッション置くんだよ。直接、父から娘へのプレゼントでよくね?
これを狙ってた他のサークルの、じーーっていう視線が痛いよね。これ絶対、汚職とか賄賂とか言われるやつだよね。
「大丈夫だよ。大学全サークルに空気清浄機が贈られることになってるから」
え。
え?
もう話の破格でか過ぎて、二の句が告げられない。
「弓月さん、」
だが、僕は勇気を持って、弓月さんに問いかけた。
「もしかして、頑張ろうって、手を握ってくれたのって……」
「ん、新聞紙、一ヶ月契約。頑張ろうねってこと」
カオスの笑顔。
弓月さん。それは、反則(販促)です。
お後がヒゥイゴー。
……とにかく、空気清浄機はゲットだぜ。
虚しいけど今回はこれで終わりだ。はあーあ。




