神田川先輩の悲哀
そこへ、呼んでもいないのにノラロウが登場した!
「オレさまが、白米売るの手伝ってやるよ。秘技! 悩殺! 可愛ぃニャンダフるだワンのポーズ‼︎ 」 ←間違いなく犬
ノラロウはおもむろに、炊飯器が10台並べてある机に飛び乗った。空いたスペースで寝そべって仰向けになり、腹を出し、ほれほれモフッてイイぞーモフれモフれ存分にモフれの意を、めちゃくちゃ醸し出している。
どうやら、この「あざと可愛い」の技で、主に女子大生のハートを掴んで、白米を売りつけようという魂胆のようだ。
確かに僕は、この屋台の看板を作るとき、ノラロウにさんざん肉球を貸してもらったもんだから、なにも言えずにいると……。
「このノラヤロウめっ、オマエはそう可愛くもないのに女子大生に媚を売りやがって。食べ物の側でクネクネするんじゃない。どけっっ」
すみっこパイセンが、手でしっしっと振り払う。
ノラロウは、フシューと息を吐きながら、すみっこパイセンを威嚇する。そして、相手が大したことないと判断したのか、フンっと机から飛び降りると、どこともなくフラフラと歩いていった。(ただ弓月さんの足にまとわりつくのも忘れてはいない)
「まったく、けしからんノラヤロウだ。今度この僕の前に現れてみろ。次には絶対に、容赦はしない。キサマはブサイクだと真実を告げてやって、心をバキバキに折ってやる」
小物感の極み。
ぶつぶつと悪の言葉を並べながら、すみっこパイセンは手を止めていた、サーターアンダギーの袋詰めを再開した。
その隣。神田川先輩がパイプ椅子に座って、速読を披露している。
目だけが異様に上・下・上・下・左(弓月さんをチラ見)・上・下・上・左(弓月さんをチラ見)・下。そして、ページをめくり、上下左左を繰り返す。
さすが、速読大会にて優勝経験ありの神田川先輩だ。尋常じゃない速さで読み進めていく。だが、このあまりの能力のすさまじさに直面する畏れとその偉大さは、我々読書を生業としている者にしか、わからないだろう。
「おい、神田川ー。そんなところでサボってねえで、タコ焼き焼くの手伝ってくれよ。あ、弓月さんは俺らのタコ焼き買いにきてね。ってか、めっちゃサービスするからね♡」
水泳部の面々が、サーターアンダギーを購入しつつ、そう声を掛けていく。
「そんなところでサボってねえで……だと?」
神田川先輩は、どうやらその言葉で気づいたらしい。
速読の神業が、理解されない、その虚しさに。
ただ本を読んでいる、そうとしか受け取ってもらえないことに。
「……もうやめる」
ぽつんと呟いた。
ジャージの背中が震えている。
神田川先輩は、背中を丸めて宙を凝視し、廃(灰)のようになってしまった。
僕たちが知らないふり、気づかないふりをし続けた結果、出来上がった遺物と成り果てた。